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Do Something II

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2010年 02月 19日

起業家精神と寡頭制資本主義

■ 2009年11月下旬に米国ワシントンDCの世界銀行で行われた会議のなかで、経済成長へ繋がる起業家精神(Entrepreneurship)について議論されたパネルディスカッションのビデオを見た。実に秀逸、かつ有益なので、ここに記す。

注意:ここでは、英語で話されるEntrepreneurshipを「起業家精神」として翻訳する。Entrepreneurshipは精神のあり方を問うだけではないので、不完全な訳だが、適当な訳を思いつかないので「起業家精神」で代用する。

■ 参加者のひとりであるニューヨーク大学スターン・ビジネススクールのウィリアム・ボウモル(William Baumol)教授は、起業家を二種類に分けるべきだと言う。ひとつは革新的起業家、もうひとつは複製可能な起業家だという。革新的起業家は経済全体の成長を加速させることに貢献し、複製可能な起業家は飢える人たちを貧困から救うのに貢献するという。

■ ボウモル教授のコメントが鋭さを増すのは、彼が起業家精神の教育について言及したときだった。彼は、教育によって起業家を生み出すことはできるのかと問う。社会が起業家を育てることはできるのかと問う。社会と経済の持続的発展を企図するとき、このような問いはわれわれが最も知りたいものだ。これらの問いに対して、ボウモル教授は一種の否定的な意見と古代中国の例からの示唆を紹介している。

■ 教育は、起業と経営に必要な知識を教えることによって、起業家を複製させることができるかもしれないが、他方で、革新的企業家の登場の芽を摘んでしまうかもしれない、とボウモル教授は言う。ビジネススクールにおいて教えられる起業家精神は、その意味では破壊的かもしれないという。ビジネススクールで教鞭を取る一教授の言葉として捉えなおすと、この意見の持つ意味は大きい。

■ ボウモル教授は、古代中国で行われていた官僚登用試験(おそらく科挙のこと)に言及し、受験者が文献や先生の言葉をそのまま記憶してでも試験に合格しようとするこの制度が、当時の中国人エリートの創造的能力をおそらく破壊していただろうと言う。そして、当時の中国では、他国と比較しても数学者の登場が非常に稀だったと言う。ここでは、数学者が創造的能力の代名詞として暗に仮定されているのだが、驚くことに、稀にしか現れなかった中国人数学者は、皆、官僚登用試験に不合格だったらしい。過度な競争に直面せざるを得ない官僚登用試験に労力と資源を費やさなかった者だけが、創造性と発想力を開花させることができたのだろう。

■ ボウモル教授は、起業家精神の教育だけでなく、成功する起業家の特質にも注目する。成功する起業家は、彼ら自身が強力なロビー活動家となることによって、彼らがプレイするゲーム自体のルールを変えてしまうと言う。これは因果関係を指摘しているわけではなく、相関関係を言っているに過ぎないのだが、経済の重要な一面を捉えていると思う。起業家の成功は、己のプロジェクトの成功そのものから来るだけでなく、市場や制度などが彼らの好むものになることからももたらされるということだ。起業家が市場に参入するための障壁は一概に言って低くない。起業家がこの障壁をいかにして乗り越えるかによって、この起業家自身の成功が決まるだけでなく、それは最終的には、経済全体のその後の成長経路をも決める。起業家の成功が社会への貢献になるのだとすれば、彼らがロビー活動を通して社会に働きかけることは、彼らの本業と無関係なことではない。

■ このパネルディスカッションを見ていて最も面白かったのは、このボウモル教授のコメントとは別にもうひとつ、ハーバード大学経済学部のアンドレイ・シュライファー教授のコメントだった。シュライファー教授は、全米経済学会が2年に一回45歳以下の経済学者を表彰するジョン・ベーツ・クラークメダルを受賞しているほどの大学者で(ノーベル経済学賞より難しいと言われる)、特に、規制・金融制度・法律・官僚制など、起業家精神を取り巻く制度の側面から起業活動を研究をしてきたことが有名だ。

■ 会場からの質問として、文化的側面が起業家精神に影響を与えることがあろう、例えば、日本の「失敗を許さない」文化は、より創造的な起業家精神を生むのにそぐわないのではないか、という質問があがったときのシュライファー教授のコメントが興味深いので、少し長いが、ここに載せる。
I find the comment about Japan to be extremely humorous... I started as an economist in mid 1980s, and some of you may recall that at that time, Japan could do no wrong. It was a most productive, most entrepreneurial, most financially sophisticated, most manegerially advanced country in the world. And every institutions it had, from marketing to accounting to whatever else it had, was absolutely the best there could ever be. And that, of course, was a complete diversial to what people believed about the Asians in 1950s, which was that the Asian culture was unsuitable for entrepreneurship, and economic development. So, I think we need to be... it's absolutely true that what we need to think about when we try to understand the basic sources of growth... it's important to appreciate that just how people do it in various countries is going to be different. They are going to be countries with different financial systems, and different allocation of activities between super-large firms and small entrepreneurial firms and so on. So, what we need to think about is, it's actually [someone] said, what exactly it is that the South Korea and Israel and US and the Northern Italy have in common that they create this massive entrepreneurial equal systems... It seems to me that once you try to figure that out, I think the answer, at least to me, that you end up with is that, to put it crudely, it all have some smart guys. It all have some people who are Gauss, who can put things together, and sell it. I think that's the central point to keep in mind.
シュライファー教授らしからぬほど要領を得ないコメントだが、要するに、よりよい制度とそれを生み出す賢い人たちがいることが重要であって、文化的差異は重要ではないということだ。思うに、われわれは皆、このことを常に覚えておかないといけない。産業の発展が起こるのは、その国や地域に住む人々が特殊な能力をもっているからではない。本質的なことは、諸々の能力を持ったさまざまな人たちが、己の望むようにその能力を発揮するための制度を構築するということだ。日本経済が、特に製造業が、戦後において世界でも稀にみる成功を収めたのは、日本人が器用だったからではなく、日本人が勤勉だったからでもなく、ひとえに個々人が能力を発揮できる環境が整っていたからなのだ。

起業家精神と寡頭制資本主義_b0056416_1356562.jpgでは、われわれはどのようにして、企業家精神の発揚にとってよりよい制度や環境を作り出すことができるのか。世界銀行のパネルディスカッションはそれを議論するところまでは行かなかったが、座長を務めたカウフマン・ファウンデーションのロバート・ライタン氏は、ボウモル教授との近著"Good Capitalism, Bad Capitalism, and the Economics of Growth and Prosperity"の中の議論を紹介してパネルを終えている。彼らは、資本主義をいくつかのタイプに分類し、寡頭的資本主義が最も悪いシステムであると議論している。寡頭的資本主義とは、ごく少数の人や組織が権力を握る資本主義のことだ。ライタン氏らの議論では、これに対する解決策は平和裡の革命しかないという。

■ ライタン氏らが議論する寡頭制資本主義は、奇しくも今日の世界経済に蔓延していると言えるかもしれない。少数の勢力が権力を牛耳ることは特に金融市場で起こりやすく、それは現実に過去四半世紀にアメリカを中心に起こっていたと言えるかもしれない。そして、われわれは今、その寡頭的資本主義の醜態の一部を目撃しているのかもしれない。今後、世界の金融市場がどのように整備されていくかはわからないが、このような寡頭制の登場を抑制することができるのかということ、つまり権力をよりよく制御できるのかということが今後の世界経済の課題になるだろう。

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- Conference on Entrepreneurship and Growth
November 19-20, 2009 - MC2-800 - World Bank, Washington DC

- PANEL: Promoting High-Growth Entrepreneurship (VIDEO)

by yoichikmr | 2010-02-19 13:37 | 記事


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