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Do Something II

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2010年 01月 18日

社会における情報制御

■ NHKが放送した「クローズアップ現代:変わる巨大メディア・新聞」を見た。新聞産業は過去2,3年間で大きく変質したと言う。

(1) 売り上げが大きく下落した。
(2) それを受けて、雇用者数(記者数)を減らした。
(3) インターネットを媒介として記事を配信し始めた。
(4) 最近では、自社自ら記事を書くのではなく、記事を他社から買い上げるスタイルへの転換を図っている。

■ まず、新聞産業に起こっていることの表層を考えたい。次に、この事例がより一般的な社会構造に与える影響を考えてみる。

■ (1)は、番組内では、(a)情報技術(internet)の登場と、(b)消費者の新聞離れによるとされていた。(a)の効果は、新聞産業に限らず、現代のほぼすべての産業で進行中だ。新聞業界は、その流れに乗って、(3)を促進しないといずれ消滅する。(b)の効果は、俺が考えるに、消費者の好みそのものが変わってしまったとする見方と、好みは変わっていないが、消費者の置かれている立場(所得や労働状況など)が変わったので新聞需要も変わったとする見方に分割できる。

■ 売り上げの下落(1)の理由が情報技術(a)なのであれば、問題は深刻ではない。新聞産業の調整が進めば、いずれ業界は活況を呈す。もし理由が消費者の新聞離れ(b)であると、話はややこしくなる。なぜかというと、消費者の新聞離れ(b)というのは、社会の中で情報の占める位置が変化しているということであって、それは、情報が社会の中で持つ意味が大きければ大きいほど問題となる。俺は特に、この問題を下でさらに掘り下げたい。

■ 記者解雇(2), インターネットの活用(3), 記事の外注(4)の3つは、(1)を受けて、新聞社がどのように対応したかを表している。そのどれをとっても、新聞産業に特殊なことは何もない。

■ 記事の外注(4)に関しては、経済学者の典型的な観点からすると、企業解体とアウトソーシングが起こっていると言える。これらは、実際、ひとつの現象の裏と表だ。一般的に、企業は非効率な部門を発見すると、その部門をより効率的に運営する他社に売却し、その部門の仕事を外注(アウトソース)する。この企業は、非効率部門を売却して、経営により長けた部門に集中することで、経営効率を改善する。一方で、買収された部門は、その部門の経営により長けた新会社の傘下に組み込まれることによって経営効率を改善する。こうして、この一連の企業解体とアウトソーシングは社会的に見て望ましいということになる。

■ ここでは、記事の外注(4)を、生産組織の変化という上記の見方で捉えるのではなくて、社会全体の中の情報制御の変化という見方で捉えてみたい。(実は、組織の形態が情報制御にモロに影響するはずなんだが、その点はしばし置いておくことにする。)

■ 社会は、それ自体が情報処理システムだといえる。個人個人に色づけされた情報は、特殊なシステムを媒介して、時には収集され、別の時には配分される。情報は人と組織の行動を変えるから、その制御は、社会全体の生産技術に影響を与える。情報を制御する特殊なシステムの例を挙げると、市場、民主主義、学校、宗教など、枚挙に暇がない。実際、社会のあらゆる組織と制度はすべて情報処理システムだと言っていい。ここで考察するのは、個別のシステムがどのように働くかということではなくて、情報の制御そのものがいかに社会を形作っているかということだ。情報がいかに制御されているかということは、資本主義と社会主義などの例を持ち出すまでもなく、結果的に社会を特徴付けている。

■ 情報産業は、無限に要素が存在する情報空間からその一部分を取り出すサービスを行う。つまり、情報産業は、情報をコンパクトにする。情報産業は一般的にメディアと呼ばれているが、そのメディアとその他の情報制御システムの違いは、情報が集約される方法が異なるということだ。メディアは己の目的に従って情報を選別する。メディアはそれ自体が目的を持つ意思決定主体なので、彼らは彼らの目的に見合った情報を選別して提供する。一方で、市場や民主主義などの制度は、それ自体が情報選択をすることはない。これらの制度の下では、情報保有者の持つ情報は、制度を介して無目的に集約され、再分配される。

■ 情報産業の退出(あるいは変質)は、潜在的な情報選別バイアスを除去する。情報産業が価値を見出しながら、消費者が価値を見出さない情報(バイアス)を排除する。バイアスを排除する結果、消費者はそれまでに発見不可能だった情報にアクセス可能になる。過去10年から15年の間に情報技術が消費者にもたらした便益はこれにつきる(googleしかり、twitterしかり)。しかし、逆に、消費者は自ら情報を選別する必要があるので、情報探索コストを支払わないといけなくなる。

■ 上記の情報産業の変化の文脈に戻ると、情報産業の変質は、生の情報源から情報消費者までに少なくとも2回の情報選別プロセスを含むことになり、情報選別プロセスが一回しかなかったときと比べて、潜在的な情報選別バイアスは軽減される。例えば、これまで読売新聞は、自ら抱える記者が現場へ急行することによって情報を収集していた。そこでは、情報を吟味する機会が一度しかなかった。一方で、今回の情報産業の変質によって、一度ローカルな新聞社が記事を書いた後に、読売新聞がその記事を買うことになり、情報選別の意思決定が一回多くなっている。今後の読売新聞は、ローカルな新聞社が記事にした情報の中からしか記事を選べないが、他方で、消費者に届く情報は、異なる目的に従う別々の意思決定主体の選別を潜り抜けることになり、より精度を増した記事が期待できる。

■ 望ましいのは、一度別の意思決定主体の解釈(情報選別)を経ることによって、最終的に消費者に届く情報が解釈の度合いを増していることだ。情報を横流しにしているとしたら脳がない。一度情報をクッションさせることによって、多様な情報をもう一度総括し、より一般的な情報をそこから引き出すということ、それが解釈であるとすれば、そのような解釈の度合いを増すことが望ましい。この過程を情報の精密化と呼べば、情報は粗いものからスタートして、最終的には、消費者が利用可能な水準にまで精密化されていないといけない。それは、原油がさまざまな精製過程を経てガソリンなどの利用可能な消費財になる様子と似ている。情報も、同じように、精密化が必要だ。

■ しかし、情報の精密化を実行することは難しい。一面では、情報操作と刷り込み(インプリンティング)が簡単だからであって、他面では、情報選別にチェックとバランスが利かないからだ。情報選別を厳しく監視することができないから、中途半端に一般化された情報が氾濫し、消費者の行動に歪みをもたらす可能性がある。巷でよく聞くメディア批判の元凶は、情報媒体をチェック(監視)できないことにある。消費者は、いかにメディア情報に不満を持っていても、情報媒体をその役割から引きずりおろすことができない。したがって、情報操作に関する権力はすべて情報産業が牛耳ることになり、それはバランスを欠くことになる。このような状況下では、情報産業による情報操作は簡単に行われ、したがって、消費者は簡単に刷り込まれる。

■ これを打破するためには、情報産業に関するよりより制度が必要だ。これまでの100年間で、世界は多くの情報規制を経験してきた。ソ連や中国は言うを待たず、戦時中の日本でさえ情報規制がいかに徹底され、いかに個々人の諸々の機会を奪ってきたかをわれわれはよく知っている。先週発表されたGoogleの中国市場からの(事実上の)撤退は、情報産業に関する制度の現在進行形の問題を提供してくれている。一方向の情報に歪みを作ると、逆方向の情報にも歪みをもたらすはずだ。中国政府当局は、国民に流れる情報を意図的に過度に制御することによって、消費者の行動の歪みをもたらし、それを集計した情報は逆に歪んだ情報しか中国政府当局に届けない。すべてが欺瞞に彩られた社会は、誰にとっても望ましい社会にならない。

■ しかし、よりより制度を構築することがこれまた難しい。制度構築に際して、制度を作る人たちの持っている情報を効率よく収集して分配する制度を持っていないからだ。すでに情報選別権力を持っている主体は制度の変革に抵抗するだろうし、制度が少しでも変革できた場合は、逆にそれが新しい権力者を生む下地を作ってしまう。だから、制度は一度に構築できるものではない。制度の改善と(情報選別)権力の分散、さらに情報保有者が情報保有から受ける便益の軽減の3つが同時に進まないといけないし、それは逆に漸進的にしか進まないはずだ。このプロセスは実現不可能に見えるが、過去数百年の間に、人類は金融制度という資産価値の流れを制御するよく似た制度を構築してきた。いまだ不完全かもしれないが、情報制度が金融制度の経験から学べることはあるはずだ。

■ これまでの社会科学は、情報が個人や社会の間を流れていく様子を量的に明らかにしてきたが、どのような情報が流れていくかという質に関することはいまだわからないことが多い。しかし、社会が情報制御システムなのだとしたら、「どれほど」情報が流れているのかということと同じくらい、「どのような」情報が流れているかということを知り、それを制御することが重要だろう。量と質の両方においてより良い情報の制御がなされる社会を作ることは人類社会の今日的課題だろうと思う。

by yoichikmr | 2010-01-18 15:54 | 記事


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