2007年 03月 28日

待ちぼうけ

とりあえず28日(日本時間)夜九時の時点で、問い合わせをした4校からは何ら音沙汰なし。さらに、ロンドンにある第1志望の大学(LSE)に至っては、オンライン上の審査状況ページがエラー出まくりという悲惨な状況だ。合格したBUのPh.D.担当の人も、内部情報を聞くメールを送っているのに、全く返事をしてこない。どうやら前述の大学院受験用掲示板を見る限り、この一週間に渡って、各大学で有望合格者の招待パーティ的な催しが繰り広げられているようで、その結果、俺が後回しにされている可能性は大きい。
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# by yoichikmr | 2007-03-28 21:08 | 日記
2007年 03月 26日

Sweet Sticky Thing

今日は早朝に、もう通知を待つ段階ではないと考えて、未だ連絡のない一部の大学に問い合わせのメールを送った。もし合否がすでに合意に達していたら、明日あたり返信メールで教えてくれるだろうと思う。

金欠のため自炊生活を始めようと思う。一年後の自分も金欠なら、今現在の自分も金欠だ。でも頭を使って、安くて旨い料理の作り方でもひとつ身につけてやろうと思ふ。そうこう言いながら、昨日今日はカレーライス。金欠と言えば、次の学期の学費を払うための手持ち金がない。そうなると、1,2ヶ月後までにお金を貯めないといけない。もし留学するなら、学費など払わずに踏み倒してしまおうと小さな悪魔が囁くが、小心者の俺にそんなことはできない。地道に貯めるしかない。

今日、学校帰りの坂道をテープを聴きながら下りていたら、遠くに夕日が沈むのが見えた。秋の哀愁ある夕暮れとは一味違う、実に爽やかな夕暮れだった。その情景に心和みながら、テープからThe Ohio Playersの"Sweet Sticky Thing"という曲の流れてくるのを聞いた。それは、実にパーフェクトな組み合わせだった。透きとおる景色に、優しく鮮やかな音楽。一瞬だけ、すがすがしい気分に浸った。
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# by yoichikmr | 2007-03-26 19:46
2007年 03月 23日

ボストン 修士卒業

昨晩はひどく冷えたので、ひとりで日本酒を嗜んだ。翌朝、めずらしく早く6時に起きるとボストン大学からEMailが来ていて、次のように書いてあった。
Dear Yoichi,

I am writing to inform you that the BU Economics Department has recommended to the Dean of the Graduate School of Arts and Sciences that you be admitted to our Ph.D. program for Fall 2007.

3月も終わりになってようやく合格通知が届いた瞬間だった。予期しない不採用があれば、予期しない合格もあるものだ。もはや期待も憂いもかすれたのか、特別な感慨がない。ヘミングウェイの『老人と海』の老人のように、ただ淡々と、予定調和の流れに沿うように通知の文面をそのまま受け入れた。だが、そうは言っても合格である。これまで留学を諦めて日本で研究生活をしようと思っていたところに、別の選択肢が加わったのだ。迷いが生じる。しかし、当然ながら財政援助は付いていなかった。はてどうしたものかと煙草を咥えてみる。この大学は数ある大学の中でも学費の高い大学で、奨学金無しで入学するのは痛手が大きい。合格したら合格したで、悩みは尽きない。

午後、大学院の卒業式に参列した。修士号を取得した。
2年間サポートしてくれた親父とお袋よ、ありがとう!
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# by yoichikmr | 2007-03-23 23:40 | 日記
2007年 03月 20日

凹みに凹んだ夜

2週間まえに最初の不合格通知が来てから昨日の奨学金不採用通知が来るまで、気分が乗らない毎日だった。昨日の奨学金不採用通知がくれたダメージは相当なもので、昨晩から今朝にかけて、自分の研究能力に対する自信は完膚なきまでに叩きのめされた。けど、かつてSoulTrainのRyuが言っていたように「凹むときに思いっきり凹んだ」ことで、もう上へ上がっていくしかない境地にまで達した。いささか不安定ではありながら、俺が今すべきことへ気持ちが向くようになった。

Povertyに関する先行研究の勉強を始めた。それから、今まで形にせずに放っておいた研究アイデアについても少し考えてみた。The Economistから生まれたアイデアは地に足がついている感覚があるので、やはり雑誌や新聞をチェックすることは欠かせないと思った。
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# by yoichikmr | 2007-03-20 23:38 | 日記
2007年 03月 19日

文部科学

今日、M省の手厚い奨学金が不採用になったという連絡が来た。これによって、出願大学からの奨学金を現時点で期待できないことを考えると、もし留学するなら親などからの莫大な財政援助が必要となる。出願済みのIMFの奨学金(手厚い)も残ってはいるけど、採用される可能性は低いと思うから、学費をカバーする術は実質ほぼ絶たれた。無念。

大学合否そのものも未だ良いニュースは届いていない。残り8校の不合格通知が未だ届いていないことが、合格という若干の可能性を期待させるけど、どうなるかは全く分からない。

現状のすべての結果を吟味すると、自分という商品の欠陥だけが頭をかすめる。というのも、こういう結果を予想していなかったという事実が、自己評価と客観評価との開きを如実に物語っているからだ。何より、二つの奨学金審査で最終審査まで進みながら、みすみすチャンスを逃したということに、自分を売り込む力の欠如を思わずにいられない。
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# by yoichikmr | 2007-03-19 19:56 | 日記
2007年 03月 17日

Advice from smone whose dad is an adcom

掲示板のその後の経過を見る限り、この投稿をした輩は偽者くさいという共通了解になっている。よって、俺がコピペした以下の文章はadcomからのアドバイスではないと判断して良い。ただし、以下で述べられる内容のいくつかは考慮するに値するものもあるので、消去せずに残そうと思う。(2007.3.20)

I found a post on a board which is worth saving. The writer of the post is now studying at top 5 grad program, and his father seems to be an admission commitee member somewhere at top 10. This post implies that there is a lot of misleading rumor, especially on LoR (Letters of Recommendation) and SoP (Statement of Purpose). I found there is huge misunderstanding on SoP. We need to write the relevance of our plans of study and faculties' research and papers, and how we are interested in it, and it seems that a mere plan of study in some field is powerless and meaningless.

[Adcom Advice versus the Common Board Advice ]

by FightingIrish1
on 16 Mar, 2007
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# by yoichikmr | 2007-03-17 00:37 | 記事
2007年 03月 16日

3月の近況

[2/28~3/8]
@東京 

[3/13~14]
@高松、松山(道後温泉)、しまなみ街道へ旅行

[Application関係]
なかなか来ないと思っていた通知が東京滞在最終日あたりから届き始めた。
Columbia, Brown, Minnesota, UBritishColumbiaからEMailで不合格、
MarylandからMailで不合格、
5校Rejection
その他は未だ全く通知なし。
Test Magicという掲示板への投稿によると、ほぼすべての大学で合格通知は出始めている。滑り止めとして考えていたGeorgetown, UWashington-St.Louisから未だ合格が出ないところを見ると、これらでも当落ギリギリの可能性がある。その掲示板によると、ほぼすべての大学でWaitlist(補欠)通知が始まっているので、Rolling-base(出願順に審査)でない限り、ハッキリ言って、
全落ち
の可能性ありという予想外の展開。おそらく来週いっぱいが通知のピークなので、それまでに何らかのGood Newsが来ない場合、真剣に善後策を考えないといけないくさい。とりあえずすべての結果が出るまでは、静観するつもり。
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# by yoichikmr | 2007-03-16 02:38 | 日記
2007年 03月 14日

芸術が価値観を作る

短い帰省の間に本など全く読まなかったと数日前の日記に書いたけれど、実は大変良いと思う新書を読んだ。
「芸術力」の磨き方
林 望 / / PHP研究所
スコア選択: ★★★★★


[内容]
本書は、著者自身による芸術の楽しみ方を紹介する。著者は、芸術を楽しむための芸術との付き合い方を説く。芸術と付き合うためには、芸術を学ばないといけない。学ぶことから、芸術に対する自分自身の考え方や好みが分かってくるからだ。ひとたび自分自身の考え方や好みがわかれば、自分自身の考え方や好みにとことん忠実になってみる。そこから芸術を楽しむことが始まる。芸術の楽しみが自分自身の中の「価値観」から出発するものであれば、芸術そのものは至るところに転がっている。人の力が加わるところには、どこにでも芸術がある。

[評]
後日記載予定
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# by yoichikmr | 2007-03-14 23:56 | 記事
2007年 03月 09日

人生再考

 この二週間ほど、東京へ、つかの間の帰省をしていた。この期間、全くと言っていいほどインターネットから隔離されていたし、『サラリーマン金太郎』と『お~い、龍馬』以外、本はおろか漫画も読んでいなかった。そういう毎日の中で、来るべき留学結果が待てど暮らせどやって来ないことに焦り、だからこそ、将来が見えない中で研究などできるはずもなく、ただただボーっと不安の中に何かを考えたりしていた。
 
 帰省して中・高・大学時代の友達に会うたびごとに、俺を含めるそれぞれの面々が辿っている人生の道筋が、どんどんどんどん離れていっている感じがする。中学生時代の友達は当然のことながら、大学時代の友達でもそう感じる。ここで言う、俺と彼らの人生の道筋の乖離というのは、具体的に本人が毎日やっていることや考えていることが、人によって驚くほど違っているということだ。それはそのまま、各人が置かれている環境がいかに異なっているかということも代弁していると思う。

 ちょっとした選択が、人生を大きく変える気がした。もし俺が大学に行く選択をしていなかったら、今俺が持っている世界観は持っていなかった。もし俺が大学卒業後に就職していたら、今とは違うことに悩んでいた。ただ、どんな選択をしようとも、そこに自分の人生があることに違いはない。

 俺は、今まで自分が信念として抱いてきた考え方や将来への展望をもう一度考え直して、今よりもっと正確なヴィジョンを持たないといけない気がしている。

____________

そのための一歩としては甚だ小さな一歩だけど、俺は日記をこの場にちゃんと書いたほうがよい。これまでも新聞記事などから浮かんだ考えをブログ記事として草稿してはいるけど、実際に投稿せずに非公開にしているものがかなり多くある。また、日ごろ考えることもブログに記録することがめっきり減った。今後は頻繁な更新を目指そうと思う。
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# by yoichikmr | 2007-03-09 23:57 | 日記
2007年 02月 17日

最近のプロジェクト

1月中旬に出願作業と修士論文提出を終えてから、順次いくつかのプロジェクトを開始した。

"Economic Development and Growth"
まず、経済発展と経済成長の研究の全体的な流れを把握するために、"Economic Development and Growth"と題するプロジェクトを開始した。このプロジェクトは、大きく言って二つの目的を持っている。まずひとつめの目的は、この分野に属するか関連する多くの研究の大きな方向性を把握することだ。もうひとつの目的は、その大きな目標をよりフォーカスして見たときに個々の研究がどのような意味合いを持っているかを整理することだ。このプロジェクトの手順は、自分が読んだ論文や本などを参考に個々の研究を理解・整理して、少しだけ視点を広げた流れの中に位置づけるという風に進めている。ただし、このプロジェクトは俺の中で壮大な計画であって、1年2年で完結しない可能性が多分にあるため、現在の進行状況は遅々として進んでいないと言わざるを得ない。

"Frontiers of Development Economics"
いまひとつの計画は第一のプロジェクトを補完的にサポートして、ある意味では逆の役割を果たしている。"Frontiers of Development Economics"と題されるこのプロジェクトは、同じ名前を持つMeierとStiglitzによる本を読み込むことを目的にしている。いわば「独りゼミ」だ。ふと読み始めたこの本は、過去の開発経済学を踏まえたうえで、今後この分野が進むべき方向を探っており、それゆえ、この本の持つ今日的意義は甚だデカイと実感した。2000年に発売された本だけど、おそらく7年経つ今でもまったく色褪せていないどころか、今の俺が読むのにすごく適した本だ。例えば、現在(少なくとも俺の理解するところでは)ドン詰まり感のある複数均衡というアイデアをさらに一歩前進させるために最先端の学者がどう考えているかを知るのに良い。ひとつめのプロジェクトがより詳細な論点に立脚した研究群の総合だとすれば、このプロジェクトは、一度総合された研究全体のもつ課題を摘出して、その課題を詳細な論点に振り分ける作業だと言える。
Frontiers of Development Economics: The Future in Perspective
/ World Bank
スコア選択: ★★★★☆




"For Empirical Study"
最後のプロジェクトは、短期的には半年後から再開するだろうコースワークの準備と、将来的に実証研究をするための準備としてメトリクス(Econometrics)を勉強するというものだ。この科目は昨年度に一年間履修していたものなんだが、恥ずかしながら勉強不十分と言わざるを得なくて、「今」になって目から鱗が落ちまくっている。一回目に勉強したときは個々のトピックでやっていることは理解できていたけど、相互がどう関連しているのかということについては全く気を払っていなかった。だから、例えばFinite-SampleとLarge-Sampleを考え分けるのが「なぜ」なのかということを本当には分かっていなかった。そういうトコをもう一度しっかり学ぶというのが目的だ。

"Evolution of Human Civilization"
実は、もうひとつの隠れプロジェクトも進行中である。これは去年末から始めたもので、俺の趣味的意味合いが強い。だけど、いつかは主たる経済学の研究に結び付けたいと夢見てもいて、その意味では、このプロジェクトは上記のプロジェクトの中で一番壮大なものであり、俺の手に負えない可能性がめちゃくちゃ大きい。ここでは、近代以降の人類文明が作り上げた資本主義や大量消費社会や大衆社会というものを絶対的に考えることをやめて――つまり、当たり前のものなんだと考えることを止めて――、長い人類の歴史と文明の歴史の中に相対的に位置づけることによって、近代的・現代的な意味を解釈する。とはいえ、現段階では20世紀の思想的巨人たちを理解することで精一杯であるけど。。。
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# by yoichikmr | 2007-02-17 00:37 | 日記
2007年 01月 31日

Migration

ヨーロッパでは、EUへの新規加盟国から古参加盟国の西側への移住が起こる一方で、移民たちの母国への送金も大きいようだ。旧西側諸国へ移住した移民たちは、そこの国民よりも悪い生活水準にありながら、稼いだ所得を母国へ送金して、それが家族や車、家、ひいては自らのビジネスの資金にもなるという。The Economistの記者の推計では、そうした送金は年間190億ドルもの金額(価値)になり、いくつかの国では、送金が海外直接投資よりも大きな意味を持つこともあるようだ。
The Economist, "Europe's huddled masses" (Jan 18, 2007)

この記事に関して、経済学を学ぶ者として気になることは労働賃金格差だ。例えばポーランドからイギリスへ移住する一人の若者がいるとする。彼をRobertと呼ぶと、Robertはイギリスで働いて貯めた所得の一部をポーランドの家族へ送るわけだが、この送金の水面下には2つの異なる現象が意味を持つと思う。現象の第一は、ポーランドからイギリスへの単純な労働力流出というもの。旧東側諸国のひとつとしてのポーランドは、経済システムが社会主義構造から資本主義構造へ移行する過渡期にある。この過程で、国内の労働力が減少することは国内産業の振興に悪影響が出る可能性がある。現象の第二は、ポーランドで得られる職より高い給料のイギリスの職に就職可能というもの。Robertはどの国で働いても同じ技能を発揮する。経済学の言葉で言えば、彼は自分自身の人的資本(あるいは技能)の水準で仕事をこなす。経済学的に興味深い疑問は、同じ人的資本(技能)水準で仕事をするのに国ごとに給料が異なるのはなぜか?だ。そして、労働力移動を生むそうした賃金の格差がいつまでも消失しないのはなぜか?というものだ。

需給関係のみから賃金水準が決定されると考えるベーシックな理論からは、一般的に賃金格差の恒常性は説明できない。旧東側諸国から労働者が絶えることなく旧西側諸国へ流入すれば、いずれ労働力移動は止まるように賃金格差がなくなるはずだからだ。現実に賃金格差が恒常的であるなら、なんらかの力学が賃金格差裁定を阻むように働いている可能性がある。

この現実に対するひとつの回答は、生産における技術と労働者の技能との補完性によって説明できるかもしれない。補完性とは、文字通り双方を補い合う関係にあるということで、技術の欠如を技能によって補うことができる関係のことである。生産にこのような関係があるとき、より技術水準の高い企業で働くことで、労働者はより多くの賃金を得られる可能性がある。しかし、労働者のこのようなインセンティブと同じように、企業は技能水準の高い労働者を雇うことで利潤を多くすることができる可能性も持っている。だから、経済全体で、より技術水準の高い企業に低い技能の労働者ばかりが引きつけられ続けるとは考えられない。

この補完性の議論で賃金格差を説明しようとするなら、労働市場に何らかのfriction(摩擦)があるせいで、企業と労働者の効率的なmatchingが達成されない可能性を探らないといけない。つまり、企業が意図せず低技能の労働者を雇用してしまうメカニズムとは何なのかを探る必要があるということだ。

はて、それはいったい何なんだろう?
(修正;13th Feb 2007)
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# by yoichikmr | 2007-01-31 13:13 | 記事
2007年 01月 30日

Tanzania

Tanzania大統領Jakaya Mrisho Kikwete(キクウェテ)

「私たちは無償ODAは要りません。欲しいのは企業の元気な活動です。」
「タンザニアは日本と同じで天然資源が豊富な国ではありません。それでも去年は年率7%近い高い成長率を実現しました。政府債務は減り、企業投資が活発になり、歳入は増えています。」
「1986年から順次国営企業を廃止し、起業が市場原理で自由に動ける環境づくりに努力してきました。金融部門の自由かも進めました。こうした改革の結果、マクロ経済が安定しました。インフレ率は今年6,7月には4.5%まで下がる見通しです。」

日経新聞・2006年1月29日
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# by yoichikmr | 2007-01-30 10:16 | Africa
2007年 01月 29日

動画など

とあるEconomics PhD 留学専門の掲示板で仕入れたもの。

Finite Simple Group (of Order Two)

Every Breath You Take

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# by yoichikmr | 2007-01-29 01:04 | 日記
2007年 01月 14日

日本の格差社会について

57ヶ月続いたと言われるかつてのいざなぎ景気を超えて、平成の景気は過去最長の景気拡大が続いているとされる。一方でその実感はないと広く指摘され、先ごろまでの景気低迷への危機感が嘘のように論壇には景気に関する議論は消えうせ、「格差社会」に関する議論が増え始めている。雑誌文芸春秋は、「日本の論点」の編集部による「10年後の『格差社会』」と題する論文を掲載している。この論文では、来る10年間に押し寄せるであろう日本経済が抱える11の論点における格差を論じている。11の論点とは、雇用・会社・所得・資産・教育・自治体・治安・対災害・医療・結婚出産・老後である。

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# by yoichikmr | 2007-01-14 01:19 | 記事
2007年 01月 13日

memo; 灰谷健次郎

幼少の頃あまり本を読むことの無かった俺が初めてしっかりした小説を読んだのが灰谷健次郎の「太陽の子」だった。今となってはその内容を全く覚えていないが、当時深い感慨と共にこの本を読み終えたことは鮮明に覚えている。今月刊行の文芸春秋で彼のobituaryを発見した。以下に簡単に引用する。
 児童文学作家・灰谷健次郎は、教育生活と放浪の後に、子供たちの成長がテーマの作品を発表して、膨大な数のファンに愛読された。(中略)
 1934年、神戸市生まれ。定時制高校に入り、商店の店員、港湾労働者、印刷見習い工、電気溶接工など、職を転々としながら大阪学芸大学に入学。卒業後は神戸の小学校で教員を続けるかたわら、児童雑誌『きりん』の編集に携わった。72年、突如、朝礼で「先生は辞める」と言って退職。沖縄・アジア放浪の旅に出かける。
 最初の作品を発表した後も、『太陽の子』や『ひとりぼっちの動物園』などを発表して、多くのファンを得た。80年、住居を淡路島の山中に移し、自給自足の生活を始め、83年には神戸市に「太陽の子保育園」を設立している。91年から沖縄の渡嘉敷島に邸宅を建てて移住。(中略)
 97年、写真週刊誌が殺人容疑の少年の顔写真を掲載したことに抗議して、出版社から著作の版権を引き揚げ話題になった。
(2006年11月23日没、食道癌、72歳)
児童教育に捧げた人生だったのだろう。教師をやめたことや自給自足生活をしていたことなどから、彼は極めて自由人だったということが想像される。同時に97年の件が、詳細はおぼろげにしか覚えていないが、彼が意志の人であったことをも想わせる。合掌。
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# by yoichikmr | 2007-01-13 22:57 | 記事