2008年 06月 20日

巨大にして傑物

Kareem Abdul-Jabbar

Teams: Milwaukee Bucks (1969-1975), Los Angeles Lakers (1975-1989)

Titles: 6 (1971, 1980, 1982, 1985, 1987, 1988)

Honors: 19-time All-Star, 6-time MVP (1971-72, 1974, 1976, 1977, 1980), 2-time Finals MVP (1971, 1985), Rookie of the Year (1970), Hall of Fame

The player: Like no other player, Abdul-Jabbar embodied the maestro team brilliance of Bill Russell and the individual excellence of Wilt Chamberlain. His NBA cup runneth over: six championships, a record six MVPs and a Finals MVP award ... at 38 years old!

Possessed the single most unstoppable shot in NBA history -- the sky hook -- but more than that, he was clutch, consistent and underrated in the toughness department.

He was the starting center on six championship teams and had the presence of mind to cohabitate with stars like Oscar Robertson, Magic Johnson and James Worthy.

He's the all-time leading scorer with 38,387 points; was named to the All-NBA Defensive team 11 times; and is the only modern era player to lead the league at least once in scoring, rebounding, blocked shots, minutes played, field-goal percentage and PER.


巨大にして傑物な人に会いました。Game2が始まる9時間ほど前にBostonの本屋をプラプラしていたら、彼がレジでCDと本を買ってました。しょーもない感想で申し訳ないんですが、クソおっきかったです。
こういう場面に遭遇したときの米人の反応というものが気になるところですが、俺の周囲にいて、彼の存在に気づいている人が2,3人ほど携帯電話で写真を撮ってました。30代くらいの若婦人は、5歳くらいのジュニアを使って果敢にサインを求めていました。彼はこういう事態によほど慣れているのか、取り乱すこともなく、ズボンの後ろポケットからサイン入りのカード(日本の葉書サイズ)を取り出し、声をかけることもなくジュニアに手渡していました。店員たちは、事も無げに彼のレジを済ませていましたが、ひとたび彼の姿が見えなくなるや、お互いに興奮のほどを表現し合ってました。さすが世界のスーパースター。
この間、俺は彼の後ろに並び、いかに彼が大きいかということを目に焼き付けるとともに、もし俺と彼が1on1をしたら、ほとんどのシュートはブロックされるだろうなと想像してました。逆に、彼がフックシュートを打ってきたら、タックルでもしないと阻止できないだろうなとも想像してました。ちなみに、俺の頭は彼の胸のあたりにありました。米国では身体の大きい人をよく見かけますが、彼ほど大きい人は見たことがないです。まぁ、世界中探しても数えるくらいしかいないデカさですからね。
ちなみに、彼は遠征中だったLos Angeles LakersのAssistant Coachをしています。

カリーム・アブドゥル=ジャバー, ウィキペディア
Kareem Abdul-Jabbar, Wikipedia


こちらは2008年NBA Final Game 1 @Bostonの試合前の様子。Jabber(right)とBill Russell (center)にJulius Erving (left)の3人のHall of Famers.

本屋にいたときの彼も、この写真のように、「なんだ、サインがほしいのか、お?」と言いそうな澄ました顔をしてました。
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# by yoichikmr | 2008-06-20 13:19 | 音楽映画スポーツお笑い
2008年 06月 16日

NBA Final かくもほころびけり


今年のNBA Finalはイマイチ面白くない。今日(6月16日月曜日)現在で5試合が終わっており、3勝2敗でBoston Celticsが優勝に王手をかけている。NBA Finalは最大7戦まで行われ、そのうち先に4勝したチームが優勝となる。これまで、はじめの2戦がBostonで行われ、次の3戦はLos Angelesで行われた。CelticsはBostonでの2戦とLAでの第4戦を勝利している。

今年のNBA Finalは、60's、70's、80'sにBoston-Los Angeles間にあったRivalryの再現として注目されている。古くはBob Cousy-Bill RusselとJerry Westのライバル関係、最近ではLarry BirdとMagic Johnsonのライバル関係がNBA Finalを戦ってきた。

しかし、過去のライバル関係は、今のFinalのお膳立てはしても、今のFinalを面白くするわけではない。今年のFinalが過去の伝統と栄光を汚さない名勝負であるためには、現役の選手たちが歴史に残る勝負をしないといけない。

だが、彼らはそれをしていない。残念ながら、俺はかつてのBoston-Los AngelesのNBA Finalを生で観ていないが、観るに及ばず、今年のFinalはかつてのFinalに遠く及ばないだろう。それはおろか、最近10年以内に行われた別のFinalのいくつかにも及ばない。今年のFinalは、そもそもFinalとして観られるほどの価値もない。

なぜか?

どちらのチームも王者にふさわしいバスケットボールをしていない。王者にふさわしいバスケットボールを出来ないチームは、たとえ優勝したとしても、王者と呼ばれるべきではない。引き分けはありえないのだから、勝者はいずれ生まれる。しかし、そこで勝者が勝者たりえたのは、彼が王者だからではなく、運が良かったからだ。

では、王者にふさわしいバスケットボールとは何か?

それは、自分たちの強さと弱さをよく知り、自分たちの強さを最大限に生かしながら、弱さを最大限に抑える戦術を取るバスケットボールのことだ。陳腐な言い方をすれば、自分たちにできる最高のバスケットボールすることだ。このバスケットボールが王者にふさわしいのは、プレイの質が常に一定で安定しているからだ。王者は格下の相手に動揺するべきではない。王者は戦う相手次第で戦術を大きく変えるべきではない。王者は、どんな相手に対しても常に強力でないといけない。

今年のFinalで戦うBoston CelticsもLos Angeles Lakersも、どちらもこの意味で王者ではない。両チームとも、敵と戦う前に、自分たち自身をわかっていない。だが、それ以前に戦う資格の無い選手すら見受けられる。こうなってしまっては、もう論外だ。

■ 戦う資格がない

スーパースターであろうと、一年目の新人であろうと、ディフェンスは常に全力でやらなければいけない。ディフェンスは、オフェンスほどに見栄えが良くはないが、試合の中での重要性はオフェンスと等しい。だが、ディフェンスは、オフェンスと違って、チーム全体で作り上げないといけない。史上最高のディフェンスプレイヤーがチームにいても、他の4人がディフェンスをやらなければ、相手のオフェンスを止めることはできない。だから、勝利を獲るためには、全員が全力でディフェンスをしないといけない。その意味で、ディフェンスを常に全力でやらない選手に戦う資格は無い。

Los AngelesのVlad Radmanovicは、BostonのPual Pierceにディフェンダーとして付いているが、基本的に彼はディフェンスをしていない。Pierceとの1 on 1でディフェンスをするのは当然だが、それ以外の仕事をしていない。具体的には、Screen out とHelpを全くしていない。彼がこれらのディフェンスの重要要素を怠ることから、Bostonは実に多くのチャンスを得ている。

Game4でBostonが大量得点差を追い返して逆転勝利した試合を観た人は、第4Q残り16秒に、同じくLos Angeles のSasha Vujacicが Boston のRay Allen との1 on 1でいとも簡単に抜き去られ、Boston勝利に有利となる得点を許したシーンを覚えているだろう。直後の20秒Time Outで、感情的になって周囲に当り散らすVujacicが全世界に放送されていたが、あのプレイの非は完全にVujacicにある。あれだけOpenに1 on 1をする場合、ディフェンダーは何よりもPenetrationを許してはいけない。実際にそうだったように、いくらPau Gasolがコート上にいても、PenetrateされたらHelpは間に合わない。ディフェンダーは、あの場面では成功確率の低いシュートを打たせるようにしないといけない。GasolのHelpの遅さを非難するなど、愚の骨頂。

■ 己を理解せず
BostonのKevin GarnettはFinalを通じて、自分のPlayができずに苦しんでいる。彼が苦しむ理由のひとつはLos Angelesのディフェンスが彼にDouble Teamをすることにあるが、別の理由に、彼自身がコート上での自分の利点を理解していないというのもある。Garnettは元来外角のシュートを得意とするが、それは彼のコート上での唯一の利点ではない。Garnettは、Paint内で高さとQuicknessを生かすべきだ。今Finalを通じて、彼は全くDriveをしない。Pau Gasolとの1 on 1であっても、バスケットへ向かってAttackするということをしない。その消極的姿勢がLos AngelesのDefenseを楽にしているし、Bostonの攻撃パターンを少なくしている。

オフェンスリバウンドを獲ることはBostonの持ち味のひとつであるにもかかわらず、オフェンスリバウンドに積極的に取り組まないプレイが多い。特に、Starter 5のときにそれが顕著だ。GarnettがMiddle Postでボールを持つと、残りの4人はWeak Side(ボールの無いサイド)へ行って、Garnettの1 on 1のスペースを提供する。あるいは、Wingのpositionで、Paul Pierceにボールを持たせて、残りの4人がWeak Sideへ移るというケースもある。このオフェンスは、確実に得点が欲しい状況で使われる。しかし、このオフェンスがセットされる多くの場合、なぜかBostonのプレイヤーはオフェンスリバウンドを狙わない。このプレイは次の意味で、悪いプレイだと思う。
第1に、Front Courtにボールが入ってから、1人しかBallに触らずに一回のオフェンスが終わってしまう。
第2に、オフェンスリバウンドを狙わないから、2nd Chanceが生まれない。
第3に、オフェンスリバウンドを狙わないから、Los AngelesのTransition(from defense to offense)が非常に早く進んでしまう。
このプレイは、何度も連続で選択されるべきものではない。だが、BostonはGame 4で5分以上にわたってこのプレイを連続で続けた。

いかなる場合でも、1人の選手による1 on 1は最小限に抑えられるべきだ。Los AngelesはKobe Bryantに、BostonはPaul Pierceに1 on 1をさせることが多い。特に、試合終盤の重要な局面で彼らの1 on 1が当然のように選択される。しかし、俺は彼らの1 on 1が最良のオフェンスオプションだとは思わない。特にLos Angelesの場合は正しくその通りで、Bryantの1 on 1は最も成功確率の高い選択肢ではない。にもかかわらず、1 on 1が選択されるのは foul call がオフェンスに実に有利に働くというNBA側の要因がある(後述する)。しかし、それを無視しても、彼らの1 on 1はよい選択肢ではない。なぜか?
第1に、彼らの1 on 1は、成功確率の低いシュートに終わる可能性が非常に高い。
第2に、彼らの1 on 1が得点に結びつきそうも無いとき、オフェンスは一度完全にリセットされる。どういうことかというと、彼らがシュートにまでたどり着けない場合、苦肉の策として、別のプレイヤーにパスをするのだが、パスを受ける選手はフリーになる準備をしておらず、シュートの準備ができていない。したがって、はじめからオフェンスを仕切りなおさないといけない。
第3に、彼らの1 on 1がシュートに結びつかなかった場合、上記第2の要因とも相まって、24秒Violationになる可能性が高い。または、24秒Violationを避けようとして、成功確率の低いシュートに終わる可能性が高い。
以上のことから、試合終了間際などに得点が必要な状況を除いて、1 on 1は選択されるべきではない。

■NBAファウルコールの功罪

いつごろから始まったのか知らないが、今のNBAはかつてよりも実に厳しく Foul をとっている。誰かがGoal下にDriveしたら、かなり高い確率でFoulがとられる。または、Penetrationを止めようとすると、よくFoulがとられる。その結果、Gameはどうなったか?
第1に、選手たちがPhysical なプレイをしなくなった。
特に、Defense側のプレイヤーたちがPhysicalにaggresiveなプレイをできなくなった。その結果、defenseは以前よりも「受身」にならざるを得なくなった。激しいDefenseを観られなくなった。Defenseが以前よりも「受身」になったので、Offenseは以前よりも1 on 1をしやすくなった。
第2に、成功確率の低いシュートを打つことが多くなった。
Shooting Foulがとられやすくなったので、無理な体勢でもFinishを狙うことが多くなった。逆に、無理な体勢でシュートを打ちながら、Foulをとってもらえないということも多く目にするようになった。
今Finalでは、BostonのPaul Pierceのプレイに第2の点「成功確率の低いシュート」がよく見受けられる。本来であれば、成功確率の低いシュートは打つべきではない。わざわざ成功確率の低いシュートを打つよりも、より成功確率の高いシュートが打てる状況にある選手にパスを出すべきだ。上述した1 on 1の多さの原因は、NBAのファウルコールの質にもある。
もちろん、悪質なFoulはFoulとしてとられないといけない。けれども、現在のNBAのファウルコールへの姿勢はバスケットボールの質を低下させているのではないかと思う。

■ 総括
総じて、今Finalは局所的な点においても、大局的な点においても、質の低いバスケットボールに成り下がっている。局所的な点とは、1人の選手が1人の選手を相手に1 on 1を行うあらゆる場面である。それは、俗に言う1 on 1のみならず、リバウンドであったり、Fastbreakであったりというあらゆる場面における1 on 1のことである。大局的な点とは、英語で言えば''one possession''のことで、Ballを支配している間のことである。
正直に言うと、筆者の俺はここ6年近く、真面目にNBA Finalを観てこなかった(全く観ていないわけではない)。だから、最近6年間にどういう変化が起きていたのかということを俺は知らない。それは、最近のNBAの流れを知らないという欠点でもあるのだが、同時に、10年以上前のNBAとの違いを敏感に感じ取れるという利点でもある。
俺が今でも思う最高のFinalは1993-1994シーズンの New York Knicks vs Houston Rocketsだ。彼らのバスケットボールは、Kobe BryantやKevin GarnettのようにVersatile で華やかなプレイヤーが活躍するものではなかったが、バスケットボールとしては実にバランスがよかった。特に、Inside PlayersとOutside Playersの役割分担がはっきりとしていた。それが最強のバスケットボールであるというのは、俺は真実だと思う。バスケットボールは左右に守ることは容易でも、前後に守ることは実に難しいのだ。NBAの流れがそういうバスケットボールに戻って欲しいと思う。

これまで今年のNBA Finalの批判をしてきたから、最後にPositiveなコメントもしておこう。驚くべきことに、これだけ批判をしておきながら、俺は、このFinalで多くの選手がすばらしいプレイをしていることを評価している。
まず、Kobe Bryantの成長は評価されるべきだ。彼はSelfishになるべきときと、そうであってはいけないときとの区別がつけられるようになっている。状況判断力が良くなっている。そのお陰でLos Angelesに多くのオフェンスオプションが生まれている。
次に、Bostonのベンチプレイヤーは評価されるべきだ。なかでも、Leon PoweとSam Cassell、P.J. Brownには最大級の賛辞を送るべきだ。彼らに共通する特徴は、aggresiveなプレイをするという点、そしてそれによって他の選手をもaggresiveにするという点だ。これらは、ベンチプレイヤーがコート上にもたらさなければいけない最大の要素だ。彼らは忠実にチームに貢献している。PoweとBrownは、StarterのKendrik Perkinsとともにオフェンス、ディフェンス両方のリバウンドに必ず絡んでいる。たとえリバウンドを取れなくてもオフェンスリバウンドを獲ろうとすることでBostonに良いrhythmを生み出している。彼らが奪ったオフェンスリバウンドがBostonの2nd Offense Chanceを生み、結果としてBostonの良い流れに繋がるケースは多い。Sam Cassellはコート上でかつてないほど果敢に、「ちょっと、お前打ちすぎちゃう?」というくらいにシュートを打っている。彼は無理やたらとシュートを打っているように見られるかもしれないが、実はそうではない。彼がシュートを打つのは、Point GuardでありながらMiddle Post でPost Upするときと、Freeになるときだけだ。どちらもStarting Point GuardであるRajon Rondoが持ち合わせていないMindsetだと言っていい。Sam Cassellがコートに入ることで、BostonのOffenseのrhythmは、Rajon Rondoのときと全く別のものになる。
似たようなPositiveなインパクトをLos AngeleseのDerek Fisherもチームにもたらしている。Los AngelesはBryant以外の選手がaggresiveにオフェンスに関わらない中で、Fisherは積極的にシュートを打つ。

最後に、1994年のFinalを観たことがない人のために、YouTubeで見つけた映像を。
1994 NBA Finals gm 2: Knicks vs Rockets part 1
1994 NBA Finals gm 2 Knicks vs Rockets part 2
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# by yoichikmr | 2008-06-16 16:35 | 音楽映画スポーツお笑い
2008年 06月 10日

1年目終了・Blog再開

俺は、先週の月曜日と金曜日にあったQualifier Exam(進級試験)の終了を以って、1年目の課程を全て終えた。今後はこのブログ上に、いろいろな記事を掲載していく予定。前エントリー「MPA/IDかPhDか」以来構想下にあったテーマに関する記事を随時書き上げていく。

- 中国と人権について(経済学の観点から)
- ボストンプロスポーツ全総括(MLB, NFL, NBA)
- 日本、世界からの孤立
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# by yoichikmr | 2008-06-10 09:39 | 日記
2008年 03月 04日

MPA/IDかPhDか (改訂)

今年2008年からyale大学の経済学部に就職するChris Blattmanが、自身のBlogでHarvard Kennedy School of Government (KSG)のMPA/IDプログラムについて詳細に評価をしている。記事では、「国際開発」に携わらんとする学生がKSGのMPA/IDを選ぶべきか否かについて、著者Blattmanと彼のKSG時代の同僚の意見に基づいて賛否両論が紹介されている。また、記事では、同様だが別種のMPAプログラムとの比較や経済学PhDとの比較も検討される。

Harvard Kennedy School of Governmentとは、近年日本で流行している国際公共政策大学院のはしりで、その中のMPA/IDプログラムとは、正式名称Master of Public Administration (International Development)が示すとおり、「国際開発」に焦点を絞ったプログラムである。Harvard KSG自体は、日本人留学生の書籍で紹介されている。

ハーバード・ケネディスクールでは、何をどう教えているか (英治出版MPAシリーズ) (英治出版MPAシリーズ)

杉村 太郎 / / 英治出版



しかし、この本はMPA/IDプログラムに関する記述が十分ではない。日本人が「国際開発」を国際的舞台で学びたいと思う場合、日本語による十分な情報はおそらく見つけられないだろうと思う。(というのは、俺自身が1年半前の出願時に発見できなかったから)。今回紹介するBlattmanの記事は、「国際開発」に関心を持つ世界中の人に有益な情報を提供すると思う。

b0056416_1147699.jpg著者のBlattmanは、6,7年前にHarvard KSGでMPA/IDプログラムに所属したあと、UCBerkeleyで経済学のPhDを修了している。彼の言葉は、経済学を根幹に据えるMPA/IDとPhDとの間で迷う人に、双方のプログラムの比較をより説得的な形で与えてくれる。彼は両方のプログラムをよく知っているからだ。もしMPA/IDとPhD(econ)との間を真剣に迷う人がいたら、KSG(MPA/ID)のDirecterを務めるDani RodrikによるBlattmanの記事へのresponseにも目を通しておいた方がよい。Rodrikは、Econ PhDは将来大学で助教授として研究をしていきたいと考える人が行くべきだという見方をしている。すなわち、実務と研究との間で揺れる学生はKSGへ行くべきだという考えが裏にあると思われる。このRodrikの考えに対して、Blattmanは、実務を志す人間がEcon PhDに行くことは悪いことではないと反論している。ちなみに、Rodrikは、プリンストン大学にあるKSGタイプの大学院であるWoodrow Wilson School of Public and International Affairs (WWS)で修士課程を修了した後にプリンストン大学のEcon PhDへ行っている。BlattmanとRodrikの両方の記事から、この6,7年の間にKSG (MPA/ID)で、developmentの授業がいかに変わったがわかる。(具体的に言うと、Blattmanの記述にあるように、RodrikによるMacroeconomic Developmentから、Rohini PandeとRodrik共催のMicro+Macroeconomic Developmentへ移行したようだ)。KSGを選ぶべきかPhD(econ)を選ぶべきかについて、BlattmanとRodrikの間に意見の一致は無い。また、ひとくちに「国際開発」と言っても、ターゲットとなる就職先によって、KSGとPhD、さらにはKSG以外のMPAそれぞれの効力は違うようだ。やはりソリッドな研究を行う部署に関してはPhDが圧倒的に強く、世界銀行やIMFのOperational Workに関してはKSGが強いようだ。キャリアへの効果に関しては評価が割れるが、BlattmanによるKSG(MPA/ID)とPhD(econ)の''コースワーク''の比較は注目に値する。Blattman曰く、Microeconomicsにおいて両プログラムの差はほとんどないが、Econometricsにおける差は非常に大きいようだ。

ちなみに、BlattmanとRodrikのふたりのBlogは、現在最も面白い経済学者のBlogだろうと思う。特にGrowth/DevelopmentあるいはPolitical Economyに関心があるのであればRodrikのBlogが、DevelopmentかつAfrican Economyに関心があるのであればBlattmanのBlogが面白いと思う。両者ともに毎日更新をしている。Blattmanに至っては、週末も休まないことはおろか、日に複数のエントリーを入れる。その一つ一つの記事は必ずしも短くない。個人的にここ最近この二つのBlogを追いかけていて思うことは、Rodrikによる開発経済学および政治経済学に関する大局的な観点が貴重であるということ、また、BlattmanによるAfricaおよびその他の地域の政治・経済の情報の密度の高さが実に有益かつ(同じ研究者にとって)刺激的であるということだ。生産が早すぎて、追いかけるのが非常に大変だが。。。

改訂:日本時間3月5日午前4時(ボストン時間3月4日午後2時)
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# by yoichikmr | 2008-03-04 08:04 | 記事
2008年 02月 27日

mfa の道具、楽器、陶器

Musium of Fine Arts, Boston

マクロ経済の中間試験が終わったので、mfaへ行ってきた。前回昨年9月中旬に行って以来、実に5ヶ月ぶりとなるmfa。
b0056416_2332328.jpg

アフリカの展示では、主に伝統的、宗教的儀式で用いられる道具(仮面など)を鑑賞する。それぞれの道具が作られたのは早くても19世紀と最近だったが、それでも、それらの道具に用いられた材料や、道具に体化された技能を観るにつけ、当時のアフリカに精細な技術があったことが確認できた。例えば、ある道具は材料に金を使っていた。作られた国と時代は忘れたが、それが何であれ、金を加工して薄く延ばし、望みどおりの形状に曲折するという技能およびその生産技術がかの地に存在していたということは事実である。

世界の一部の楽器を集めて展示した部屋があった。ヨーロッパ、アジア、中東、アフリカという分類で、各地域(各国)に特色的な楽器が集められていた。弦楽器(いわゆるギター)と管楽器(いわゆる笛)が、細部は異なるにせよ、どの地域でも作られていたということに驚いた。俺は、これらの楽器が各地域でどのようないきさつから作られるようになったのかを知らない。地域の人々が自ら発明したのかもしれないし、その地域に訪れた流浪の旅人から伝来されたのかもしれない。起源がいずれであれ、これらの楽器がそれぞれの地域に定着して、今まで保存され続けていることは驚きだった。なぜなら、ひとつの楽器がいくつもの異なる地域で生き残り続けることは、当然起こりうるべきこととは言えないからだ。さらに俺は、同じような形状をしているそれらの楽器それぞれが、材料という一点において異なっているということを興味深く思った。弦楽器(ギター)は、木による空洞と弦から構成されている。伝統的な弦楽器は、空洞と外界をつなぐ穴を動物の薄皮で覆う。この薄皮をどの動物から調達するかということが、地域ごとに違っていた。これは各地域で、どの動物が人間に近い位置にあったかを暗に示している。同じく、管楽器(笛)も、その形状よりも材料によって地域間に違いがあった。例えば日本に古くから伝わる尺八は、その材料を「竹」としているが、同じように竹を用いて笛を作る地域はどこにもない様だった。おそらく、この簡単な比較は、日本における竹の相対的地位の高さを物語っている。人間の身近にあった動植物が、楽器の潜在的な材料として、文化の一端を担う音楽に制約を課していたと言える。

ベトナム陶器の展示室があった。この展示では、13世紀くらい以降のベトナムの陶器が展示してあった。解説によると、11世紀頃に中国に支配される以前から国内で作られていた陶器の文化は中国支配下でも続けられた。のちに13,4世紀になって、中国の支配から脱した後は、中東や南アジアへ向けて陶器の輸出が行われ、中国産の陶器との競争が繰り広げられた。結果的に、ベトナム産陶器は、中国産陶器の勢いに勝てず、国際市場からの撤退を余儀なくされ、国内だけに市場が収まることになった。ベトナム産陶器は、今日日本で使われる(あるいは見ることができる)陶器と、形状において違いは全くない。当時の国際陶器市場で、中国産陶器の何がベトナム産陶器を駆逐したのかわからないが、後の中国産陶器の発展の様子を見る限り、装飾技術の違いが中国産陶器のブランド性を高めたのかもしれないと思った。
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# by yoichikmr | 2008-02-27 23:07 | 芸術
2008年 01月 02日

Kenyan Election and Riots

2007年12月27日木曜日に Kenya で一般選挙が行われ、12月29日土曜日に現大統領の Mwai Kibaki 氏の再選が選挙委員会から発表されると暴動が起こり、死者は今日までに250人にまで上った。<African Union boss headed to Kenya for crisis talks, By Daniel Wallis [January 1, 2008] Reuters>

NY Timesの記事によると、教会に非難していた人50人ほどが教会ごと焼かれるということまで起こっている<Mob Burns Church in Kenya, Killing Dozens, By Jeffrey Gettleman [Published: January 2, 2008] The New York Times>。

先月末の選挙に不正(vote/ballot rigging)があったということが、内に外に言われている。内には最大野党の党首で大統領へ立候補していた Raila Odinga が、外にはヨーロッパのオブザーバーや政府が不正を指摘し、票の再集計を提案している。

暴動の直接のきっかけは先月末の選挙における現与党の不正疑惑だが、より深い原因に民族間の対立がある。現大統領 Mwai Kibaki の属する民族 Kikuyus は、1963年のイギリスからの独立以来、ケニアの政治とビジネスを独占してきた。それにもかかわらず、ケニアが独立以来アフリカで最も政治的安定のある国でいられたのは、KiKuyus が中心となる政府において、少数民族出身も登用するという協調路線が採られてきたからだった。そして、それがケニアを、民族対立に明け暮れた周囲のルワンダ、コンゴ、スダーン、エチオピアと分ける要因だった。

今回の暴動は、単に不正選挙に対する暴動なのではなく、40年にわたる安定的政治の裏側に存在し続けた民族間の対立が一挙に出現したものであると言える。今回の暴動では、その矛先となったのは現大統領 Kibaki の属する民族 Kikuyus の人たちだった。40ほどの民族的混在の中で、Kikuyus は全体の人口の22%を占める。これに対して、今回の暴動で暴徒となった民族Kalenjins、 Luhyas、 Luosは全体の人口の13%を占めるにすぎない。ちなみに Luos は大統領候補だった Raila Odinga の属する民族である。Odinga は伝統的なKikuyusひいき政治を止めることを至上命題にしていた。


アフリカで政治的に最も安定していると言われ、また経済大国とさえ言われるKenyaが1992, 1997年の選挙時同様に2007年の選挙でもまた民族間暴動を発生させてしまったことは、アフリカにおける民族対立の意味の大きさを物語っている。上にも挙げたように、Kenyaの周辺には民族対立が深刻だった(あるいは、現在も深刻である)国々があるが、それらの国で起こった悲劇(例えば、ルワンダの大量虐殺(Rwandan Genocide)など)は、単にそれらの国々に特有の事件だったのでなく、潜在的には、アフリカの優等生であるKenyaでも起こりうるのだ*。ケニアではこれまでも選挙のたびに暴動が起きていたということを踏まえれば、ケニアでは、悲劇に至る前に何らかの社会的なブレーキが効いていたのだと言える。そのブレーキが効かなくなることがあれば、ケニアも周辺国と同じ運命を辿ることになる。(その社会的ブレーキが何であるか、俺にはわからない)

民族対立とともに目を引くのは、民主主義の不安定性・脆弱性だろうと思う。今回のケニアの選挙で実際に不正があったのかどうかは未だわからないが、もし不正があったとれば、その不正は2つの意味で民主主義を踏みにじっている。第一に、当たり前の話だが、不正が社会的な選択に直接的に歪みをもたらしている。本来選ばれないはずの候補が大統領に選ばれるということが、集計された意思から発生し得ない歪みである。この歪みは、民主主義が機能していないということに他ならない。第二に、不正が暴動を呼び起こしたことによって、暴動による悲劇が全てのケニア人にもたらされ、選挙時の表明意思に関係なく皆が不利益を被っている。民主主義を、最大多数の最大幸福を達成するための装置だとすれば(功利主義的立場)、今回の暴動は皆を不幸にしており、民主主義が機能していないと考えてよい。第一の点が直接的に、第二の点が間接的に民主主義を機能不全にしている。

もし上の2つの意味での民主主義機能不全が起きたら、もとの正しい民主主義に戻るためには、不正そのものが起こらないようにシステムが再構築されないといけない。けれども、すでに民主主義に歪みが生じているので、真の集団的意思がわからない中でそのようなシステムを探索しないといけない。

理想的には、一回の不正がそのときだけで収まるべきなのだが、実際のところ、一回起きた不正が次なる不正や歪みのある民主主義を生む可能性が十分にある。不正が不正を生むということはゲーム理論が予想するところである。複数の政党があるとき、ある政党が不正を行った場合、他の政党がそれ以降ずっと不正でもって復讐するということは起こりうる結果のひとつである。また、不正は歪みのある民主主義を残し続けるかもしれない。ある政党が不正を行ったとすると、別の政党が民主主義的手続き以外の方法で不正政党を追放するかもしれない。例えば、そのような不正政党の基盤となる支持者の大量虐殺や、不正政党の政治的追放等の方法で。これは、民主主義が不安定であって、脆弱だということの証左だと思う。

ケニアの今後の発展のためには、民族問題も民主主義の問題も解決されないといけないことは間違いない。けれども、事がそんなに簡単でないということもまた真実である。今は、いたずらに大きな夢を描くよりも、現在ケニアで起こっていることを深いレベルで理解することが外野の人間のすべきことだと思うので、俺は今後もケニアの情勢を静観していこうと思う。


*: ルワンダの大量虐殺は、映画『ホテル・ルワンダ』において克明に描写されている。1994年に起きたこの悲劇で、何十万人ものツチ族が対立するフツ族によって殺された。

+++ 以下、資料 ++++++++++++++++++++++

[Kenyaの政治]
国家元首は国民の選挙で選ばれる大統領(任期は5年)。大統領は副大統領と各省大臣を任命する。議会は一院制(224議席)で、議員の任期は5年。地方の行政区分は7つの州とナイロビ特別区からなり、各州に州政府と州議会がおかれ、地方自治を担当する。
(ケニア共和国大使館ホームページ http://www.kenyarep-jp.com/kenya/government.htmlより)

[2002-2007のKenyaの政治]
In December 2002, Kenyans held democratic and open elections, most of which were judged free and fair by international observers. The 2002 elections marked an important turning point in Kenya’s democratic evolution in that power was transferred peacefully from the Kenya African Union (KANU), which had ruled the country since independence to the National Rainbow Coalition (Narc), a coalition of political parties.

Under the presidency of Mwai Kibaki, the new ruling coalition promised to focus its efforts on generating economic growth, combating corruption, improving education, and rewriting its constitution. Most of these promises have been met. There is free primary education. From next year, secondary education will be almost free, with the government footing all tuition fees. Under president Kibaki, the democratic space has expanded. The media is freer than before. Kenyans can associate and express themselves without fearing being harassed by security agents as it used to be the case during the Moi administration. In November 2005, the Kenyan electorate resoundingly defeated a new draft constitution supported by Parliament and President Kibaki. Kibaki responded by dismissing his entire cabinet. Kibaki eventually appointed a new slate of ministers.

The next general elections were held on December 27, 2007. In them, President Kibaki under the Party of National Unity ran for re-election against the main opposition party, the Orange Democratic Movement (ODM). After a split which would take a crucial 8% of the votes away from the ODM to the newly formed Orange Democratic Movement-Kenya (ODM-K)'s candidate, Kalonzo Musyoka, the race tightened between ODM candidate Raila Odinga and Kibaki. As the count came in to the Kenyan Election Commission, Odinga was shown to have a slight, and then substantial lead. However, as the KEC continued to count the votes, Kibaki closed the gap and then overtook his opponent by a substantial margin. This lead to protests and riots, and Odinga declaring himself the "people's president" and calling for a recount and Kibaki to resign. More information is available in Kenyan presidential election, 2007.
(cited from Wikipedia- Kenya)

[Kenyaの経済]
ケニアの主要産業は農業である。農業の生産高は国内総生産高の3分の1近くを占める。工業化の発展もめざましく、特に製造業はケニア経済の中でも最大な伸びを示している。観光業も重要な主力産業のひとつ。
(同上)
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# by yoichikmr | 2008-01-02 10:38 | Africa
2008年 01月 01日

ネイチャージモンがおもしろい

ダチョウ倶楽部の寺門ジモンは、山ごもりを年に数回するらしい。自分の体重だけを使った筋肉トレーニングを30年以上続けているらしい。かつ、グルメに関しても相当詳しいらしい。

まずはこれを見よ。③における寿司屋の話は実に秀逸。
http://jp.youtube.com/watch?v=GclNOmp-KVI&feature=user
http://jp.youtube.com/watch?v=Fbf3c-uL5vU&feature=user
http://jp.youtube.com/watch?v=1t-nlNPhGjs&feature=user

次にこれを読め。
寺門ジモン - Wikipedia

そして、彼は本も出しているらしい。
世界偉人伝ネイチャージモン
ネイチャージモン / / 白夜書房
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# by yoichikmr | 2008-01-01 04:26 | 音楽映画スポーツお笑い
2007年 12月 30日

Perfection [Patriots: 16-0]

昨夜12月29日夜、New York の Giants Stadium での対 NY Giants 戦で、 New England Patriots が 16-0(16勝0敗)という成績でレギュラーシーズンを終えた。レギュラーシーズンを無敗で終えたのは1972年の Miami Dolphins 以来だった。この試合は、この記録以外に3つの NFL 記録を更新した。1シーズンの最多得点記録更新(589)、QB Tom Brady の1シーズン最多 Touch Down 記録(50)(Colts QB Payton Manning 2004年の49)更新、WR Randy Moss の1シーズン最多 Touch Down Pass Receive 記録(23)(49ers WR Jerry Rice 1987年の22)更新。今シーズンは9月第1週からシーズンが始まり、17週間をかけて各チーム16試合の日程を消化した。

New England Patriots の今シーズン最大のサプライズは、Wide Receiver Randy Moss の絶好調だった。Moss は1998年に Minnesota Vikings にドラフト1巡目21位で指名され、大物 Receiver として注目され続けたが、そのずば抜けた身体能力が逆に決定的場面での精神的脆さを露呈することが多く、Vikings が Playoffs で勝ち続けることは全くなかった。その後、Moss は2005年に Oakland Raiders へトレードされ、目立った活躍をしないまま、今年2007年4月に New England Patriots へトレードされた。

今シーズン開幕前の Moss の評価は概して低かった。Moss は、同じく今年5月に Miami Dolphins からトレードで加入した若手WR Wes Welker のサポートを期待される程度で、かつての輝きは期待できないと思われていた。

しかし、9月9日にシーズンが開幕すると、毎試合 Touch Down Pass Receive を決め続け、特にチームの勝敗がはっきりしない決定的場面での活躍が目立つようになっていた。気づけば、Moss はシーズンの早い段階でチームの Leading Receiver になっており、同時にQB Tom Brady の 1st Target になっていた。

Moss の活躍は、シーズン中の彼に対する周囲の評価を大きく変えていった。シーズン序盤に驚きとともに喝采された彼のプレーは、シーズン終盤には大きな確信を持った絶賛へと変わっていた。今シーズン最終戦となった昨晩の NY Giants 戦のテレビ解説では、Moss が全くプレイに絡まずにチームが Touch Down を取ったシーンにおいてすら、Moss の存在というプレッシャーが奏功したのだと盛んに言われていた。実際、Moss が2人の Defender を引きつけ、フリーになった選手が簡単に 1st Down を更新するというシーンがいくつもあった。

結果的に、対 Giants 戦で2つの Touch Down Pass Receive を受けた Moss は、その一つ目の Touch Down Pass で往年の名 Receiver Jerry Rice の年間 Touch Down Pass Receive 記録22に並び、その2つ目の Touch Down で Rice を抜いて単独首位(23)となった。さまよい続けた天才は、今年初めてその真価を世に知らしめた。

今シーズンの Patriots 自体、Moss の Career を彷彿とさせるドラマ含みだった。今シーズン1試合目の NY Jets 戦を大勝した直後、対戦相手の Jets 関係者が、Patriots コーチ陣のアンフェアな戦術を公けに訴えた。そして、NFLの調査によって、Head Coach Bill Belichick 率いる Coach 陣が対戦相手 Jets Coach 陣の作戦指示の様子をビデオカメラで撮影し、実際のプレイと照合することで、Jets の作戦内容を事前に把握していたことが明らかになった。これは明文化されたルールに抵触するわけではないが、暗黙の了解となっていたスポーツマン・フェアネスに反するとして全米の注目を浴びた。

この件に関して、HC Bill Belichick ひとりが集中砲火を受けることになり、結局 Belichick に50万ドル(日本円で6000万円相当)の罰金、チームに25万ドル(日本円で3000万円相当)の罰金が課せられた。メディアでは2004年シーズンの優勝時にも同じようにアンフェアな戦術を使っていたのではないかとさえ疑われていた。

しかし、この事態は逆にチームの結束を固くし、次週以降の快進撃の原動力となったと言えるかもしれない。特に、ビデオ事件の翌週は今シーズン最初のホームゲームだったこともあってか、Boston のファンの応援には特に熱が入っていた上、ゲーム開始1分足らずで先制 Touch Down を決めるほどだった。

全勝で Playoffs へ突入する New England Patriots は、さっそく来週1月第2週からホームタウン Foxborogh で Super Bowl 制覇へ向けて Playoffs を戦うことになる。今シーズンの Patriots は Physical に強いだけでなく、Mental も強い。対戦相手に苦戦しながら、第4Qに逆転するということを幾度となくやってきた。Playoffs での NE Patriots に注目してほしい。
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[写真は年間TouchDown記録更新となるPassを受ける Randy Moss]
波乱の最終戦 NY Giants 戦の模様を写真でどうぞ↓
http://www.boston.com/sports/football/patriots/gallery/12_29_07_pats_giants/
111枚の写真が見れます。
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# by yoichikmr | 2007-12-30 14:43 | 音楽映画スポーツお笑い
2007年 09月 02日

ボストンより

6月29日に大阪を離れてから、かれこれ2ヶ月が過ぎ去ってしまった。この2ヶ月は嵐のようでもあり、またバカンスのようでもあったと思う。人生初めての経験を数多くこなし、そういうひとつひとつの「初めて体験」を自分の中の「経験済み」に変えていくという作業は、意外にエネルギーを必要とするし、想像以上に時間を必要とするみたいだ。この2ヶ月という期間は、大阪にいた俺という人間を、またひとつ別の新しい俺に換えるのに十分なくらい、実にゆっくりと進んでいった。

今、恐るべきボストンの冬の寒さと、来るべき一年目のコースの忙しさを目前にして、神妙な気持ちでいる。俺の回りに大阪の笑いはなく、東京の風情もない。溶け込んだとはとても言えない異国の文化の中にあって、「経験済み」を増やしていくことにとてつもない時間がかかるのだと覚悟しながら、踏むに踏み出せず、引くに引けず、ただぼんやりとしている。

この2ヶ月間はインプットの期間だった。新しい人、モノ、音、臭い、気候を知っていく期間だった。これからは何とかしてアウトプットしていこうと思う。どういう手段になるかはまだ分からないけれど。
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# by yoichikmr | 2007-09-02 16:34 | 日記
2007年 07月 04日

大阪最後のかくかくしかじか

前回、6月6日に記事を書いてからの大阪での最後の日々は実に騒々しかった。ブログ記事を書きたい思いもあったけど、いかんせんインターネットを見る環境も時間もなかったので、一ヶ月間も間をあけてしまった。いま東京に帰って、時間は無いけど環境は整ったので、この一ヶ月間を少し整理してみようと思う。

<奨学金>
合格以来、懸案となっていた留学中の学費・生活費だけど、とある財団から助成金をもらえることになりました。そんな''あざーす''もこの一ヶ月間にあった。

<引越>
2年間の生活で、俺はずいぶんといっぱい本を買っていたことが発覚した。本だけでダンボール5個、大小合わせて全部で15個くらいのダンボールになるくらい荷物が多くなってしまい、ネギって3万円はやり過ぎだった気がした。

<VISA>
朝一で予約していたのにも関わらず、大阪梅田の米国大使館には人がいっぱい来ていた。梅田の大使館はビルのみなんだけど、このビルに入るためのセキュリティチェックが異様に厳しかったので、おかしかった。中に入ってみれば、下調べで分かった状況とは違って、とても簡単な申請となった。書類申請+確認も、面接も窓越しで立ったままやった。面接はアメリカ人相手に話すようで、俺の前の人は英語でしきりに何かを訴えていたんだけど、俺自身はものの20秒ほどの''日本語''の会話で終った。あまりにあっさりしていたので、「えっ、もういいんですか?」と聞いてしまった。朝9時にはすべてが終るくらい早仕事だった。

<予防接種>
大阪を離れる直前に2回目の予防接種をしたんだが、BUに要求されていたMeningitis(髄膜炎菌)の予防接種は日本ではほとんど実施されていないということで、受けずじまいになった。B型肝炎はアメリカに行ってから受けることになる。

<九州大分・国東半島>
大阪を離れて東京に帰る前に、田舎に帰った。

[公開:9月2日]
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# by yoichikmr | 2007-07-04 07:15 | 日記
2007年 07月 03日

帰京す

大阪の部屋を引き払い、九州の田舎を経て、東京の実家へ戻った也。
しばしゆるりと過ごす也。
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# by yoichikmr | 2007-07-03 10:55 | 日記
2007年 06月 06日

「おまえかよ!」な瞬間

一応、留学を目前にしているということで、ここ最近、いやもう一年以上前から意識してやっていることがある。それは、

字幕を見ないこと!

テレビのニュース、映画、情報番組などあらゆる場面で登場する字幕。これは発言者自身の言葉の流れを損なわないために生み出された画期的なものだと思う。実際、字幕付映画と吹き替え映画を並べられたとき、字幕付映画を選ぶ人のほうが多いんじゃないだろうか。

ただし、字幕は必ずしも皆に好まれているわけじゃない。英会話をできるようになりたい人は揃って言う、「字幕を見ずに映画を見られるようになりたいですね」と。

俺はそんな爽やかな夢を描いたりはしないんだけど、必要に迫られることになるのだし、できるだけ字幕無しで聞くことを意識しようと決め、そんな考えでずっとやってきた。

昨夜、書類を作りながら、耳だけはテレビに流れるニュースを聞くという「ナガラ仕事」をしていたら、英語が聞こえてきた。こういう場面でも、意識せずに言っていることを理解できるようになりたいものである。がしかし、まるっきり言っていることが分からない。どんな話をしているのかすらも分からない。分からなければ分からないほど、ニュースの方に意識がひきつけられていく。
すると・・・

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サッカー日本代表監督のイビチャ・オシムが、引き分けとなった日本コロンビア戦を終えて、インタビューを受けているところだった。

「オメーかよ!」な瞬間であった*。

___________________________________________

* 上記のwikipediaのリンクをざっと見てみた限り、オシムの話した言語が何であったのかはっきりと分からなかった(恥ずかしながら地理を勉強したことがない)。
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# by yoichikmr | 2007-06-06 16:28 | 日記
2007年 06月 05日

I-20のキャッチボール

SEVIS I-20という書類は、大学が合格者に出す正式入学許可書で、同時に在学期間の米国滞在を認可する書類でもある。米国入国者はこの I-20 を持って VISA 取得に行き、その VISA があって初めて米国に入国ができる。I-20 は、米国入国時と入国後の両方に必要となる書類なのだ。

先週末の5月31日(木)、東京の実家にBUの留学生課ISSOから I-20 が届いた。即大阪に転送してもらって、6月3日(日)に俺のところに届いた(最初に郵便局の人が来たのが1日)。

開けてびっくり、語学学校CELOP入学に関することは一切書かれておらず。それもそのはず、この I-20 は、俺がCELOPへの最終的な出願書類を郵送して、それがBUに届いた5月25日(金)よりもはるか前の5月11日(金)に発行されたものだったからだ。

発行から受領までにかかった期間: 3週間(23日間)

ここで、問題発生!
この I-20 にはCELOP入学許可が記されていないので、大学院が始まる1ヶ月前の8月頭からしか米国に入国できない!

メールして問い合わせてみた結果↓
「すでに送った I-20 をソッコウ送り返せ。そしたら新しい I-20 を送ってあげよう。」と言う。

*******************************

今日これから手元にある I-20 をBUへ速達で出した場合、今週末か来週初めにBUの留学生課ISSOに届く。それを受けて、来週中に新しい I-20 が発行される。この時点で、現在予約済みの6月14日(木)のVISA面接に間に合わず・延期決定!来週中に発行された new I-20 は、上記の通り3週間ほどかかって手元に届くだろうから、6月末か7月頭に東京の実家に届く。New I-20 を受け取ってソッコウVISA面接に行っても、VISAが届くのは早くて7月初旬。

そして、俺の出国予定は7月10日(火)

やばい、やばすぎる。ギリギリだ、実にギリギリだ。だが、だからと言って、航空券手配を一からやり直すのは嫌だ(←かなり大変だった。ほぼ一週間を費やして安い便を探した。)。だから、今現在の俺が取るべき最適戦略は、

ちょっとキレてBUのISSOにメールする。「てめー、俺はCELOPに行くって言ったのに、5月11日という早い段階で勝手に I-20 発行してんじゃねー。I-20 発行が早すぎるから、送り返さないといけなくなっちまったじゃねーか。こちとら7月10日に出国するんじゃい。それまでにVISA取れなかったらどうするんじゃい。」てな具合で。

とりあえず、速達で I-20 を郵送してこよ。
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# by yoichikmr | 2007-06-05 11:35 | 留学準備
2007年 06月 04日

所持品の別送: どの手段で郵送するか?

アメリカに別送するモノをできるだけ安く済ませるために、別送を請け負う企業はどれほどあって、どんなサービスを展開しているのかということを調べた。

大きく分けて2種類のエージェント。
1.郵便局
2.民間輸送企業

サービスは輸送の方法ごとに(輸送期間ごとに)分類。
a. 船便: 1週間+α
b. 航空便: 1,2ヶ月

[値段]
1.郵便局
重さが増えるにしたがって値段が上がる。Linear + Weakly Concave な関係。重量10kgから構造変化が起こって、marginalな費用が低くなる。
 ⇒ Proposition1. 郵便局に依頼するなら、できるだけ多く詰めたほうがいい

2.民間輸送企業
i) ヤマト運輸
「海外別送サービス」: 25kgまでなら25,000円で、航空便にて7~10日で届く。
 ⇒ Proposition2. 25kgなのに25,000円以上or10日以上要する場合、ヤマト運輸を利用したほうがいい
 ⇒ Corollary1. 上記の基準より、郵便局の航空便とSAL便を選択することはなくなった
Proof of Corollary1. 郵便局航空便では25kgの輸送に32,000円を要する。SAL便は25kgの輸送に23,000円を要すのみだが、2,3週間の時間を要する。以下、自明。

ii)日本通運
HPを見ると、留学用別送品については日本通運が充実しているかのように見える。現在問い合わせ中につき、後ほど更新。
 手元に届いた資料によると、くそ高い!理由は不明だが、競合企業のヤマトの2倍の価格付けをしている。アホか。いや、もしかしたら、日通以外が明示しない料金があるのかも。要チェック。


[輸送時期について]
いつ送るかという問題は、いつ荷物を受け取りたいかという問題と同値だ。俺は荷物を9月になる前に受け取りたい。なぜなら、荷物に含まれる「書籍」を9月以降使うからだ。9月の頭までに荷物を受け取るためには、船便で7月中旬、航空便で8月中旬までに郵送依頼をしないといけない。

ここで発生する問題は、7月中旬には俺のアメリカでの住所は決まっていないということだ。俺は7月中旬に渡米する予定なので、それから住居探しをしても、早くて7月末にならないと住所は決まらない。当然ながら、住所が決まらないと、別送品を郵送する「あて先」を書けないので輸送依頼ができない。ということは・・・

問答無用で、航空便!!

(衣類などの書籍以外のモノは急を要さないので、ドンブラコ~ドンブラコ~と船に揺られて遅く来てもかまわない。)
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# by yoichikmr | 2007-06-04 18:20 | 留学準備
2007年 05月 30日

予防接種一回目を終えて

5月28日火曜日に西天満で予防接種を受けてきた。総額32,000円。いと高し。受けたのは、
1. 麻疹/風疹 12,000yen
2. おたふく風邪 8000yen
3. 二種混合(ジフテリア/破傷風) 4000yen
4. B型肝炎 8000yen

あとは、一ヵ月後にB型肝炎2回目を受けるだけ。ちなみにコレは東京で受けることもできる。受け終わってBUの書類を完成させしだい、書類をBUのヘルスセンターに郵送する。プラス、そのコピーをとって保存しておく。

重要: ツベルクリン反応テストを受けるのかどうかをはっきりさせること。
ちなみに・・・
医者の先生に「ツーハンはどうなの、ツーハンは!?」と激しく言われ続け、「えっ通販て、なんのこと?」と思いつつ、恐る恐る「ツーハンて何ですか?」と聞くと、そんなことは当たり前だろ的な顔で「ツベルクリン反応でしょ!!」と言われた。オバハンだったが、ドSな顔だった。ジャーゴンを素人に向けて言わないようにしないといけないと思った。
そして、「いや、特にツベルクリン反応が必要だとは、書類にもHPにも書いていなかったと思うんですけど・・・」と言うと、「アメリカはツーハンには厳しいのよ。最近特に厳しくなっているからねぇ。必要なものを受けていないだけで、国に入れてくれないってことが本当にあり得るからね!」とやたら脅迫じみた物言いをしてきた。持参した書類を見てくれればわかることなのに・・・とほほ
↑ツーハンについては現在BUに問い合わせ中。俺の個人的判断では、ツーハンを受けなくても良さそう。

以下は健康に関する情報。
1. 「海外で健康にくらす」ための医療情報
アメリカに行ってから便利になりそうな情報源。アメリカから日本の医療機関に相談ができるようだ。(無料で!)向こうでヤバッたときには役立ちそう。
2. Vaccine Information State Vaccine Requirements - Massachusetts
マサチューセッツ州で必要な予防接種のまとめ。特にツベルクリンを調べろとは書いていない気が・・・。
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# by yoichikmr | 2007-05-30 16:46 | 留学準備