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2008年 01月 02日

Kenyan Election and Riots

2007年12月27日木曜日に Kenya で一般選挙が行われ、12月29日土曜日に現大統領の Mwai Kibaki 氏の再選が選挙委員会から発表されると暴動が起こり、死者は今日までに250人にまで上った。<African Union boss headed to Kenya for crisis talks, By Daniel Wallis [January 1, 2008] Reuters>

NY Timesの記事によると、教会に非難していた人50人ほどが教会ごと焼かれるということまで起こっている<Mob Burns Church in Kenya, Killing Dozens, By Jeffrey Gettleman [Published: January 2, 2008] The New York Times>。

先月末の選挙に不正(vote/ballot rigging)があったということが、内に外に言われている。内には最大野党の党首で大統領へ立候補していた Raila Odinga が、外にはヨーロッパのオブザーバーや政府が不正を指摘し、票の再集計を提案している。

暴動の直接のきっかけは先月末の選挙における現与党の不正疑惑だが、より深い原因に民族間の対立がある。現大統領 Mwai Kibaki の属する民族 Kikuyus は、1963年のイギリスからの独立以来、ケニアの政治とビジネスを独占してきた。それにもかかわらず、ケニアが独立以来アフリカで最も政治的安定のある国でいられたのは、KiKuyus が中心となる政府において、少数民族出身も登用するという協調路線が採られてきたからだった。そして、それがケニアを、民族対立に明け暮れた周囲のルワンダ、コンゴ、スダーン、エチオピアと分ける要因だった。

今回の暴動は、単に不正選挙に対する暴動なのではなく、40年にわたる安定的政治の裏側に存在し続けた民族間の対立が一挙に出現したものであると言える。今回の暴動では、その矛先となったのは現大統領 Kibaki の属する民族 Kikuyus の人たちだった。40ほどの民族的混在の中で、Kikuyus は全体の人口の22%を占める。これに対して、今回の暴動で暴徒となった民族Kalenjins、 Luhyas、 Luosは全体の人口の13%を占めるにすぎない。ちなみに Luos は大統領候補だった Raila Odinga の属する民族である。Odinga は伝統的なKikuyusひいき政治を止めることを至上命題にしていた。


アフリカで政治的に最も安定していると言われ、また経済大国とさえ言われるKenyaが1992, 1997年の選挙時同様に2007年の選挙でもまた民族間暴動を発生させてしまったことは、アフリカにおける民族対立の意味の大きさを物語っている。上にも挙げたように、Kenyaの周辺には民族対立が深刻だった(あるいは、現在も深刻である)国々があるが、それらの国で起こった悲劇(例えば、ルワンダの大量虐殺(Rwandan Genocide)など)は、単にそれらの国々に特有の事件だったのでなく、潜在的には、アフリカの優等生であるKenyaでも起こりうるのだ*。ケニアではこれまでも選挙のたびに暴動が起きていたということを踏まえれば、ケニアでは、悲劇に至る前に何らかの社会的なブレーキが効いていたのだと言える。そのブレーキが効かなくなることがあれば、ケニアも周辺国と同じ運命を辿ることになる。(その社会的ブレーキが何であるか、俺にはわからない)

民族対立とともに目を引くのは、民主主義の不安定性・脆弱性だろうと思う。今回のケニアの選挙で実際に不正があったのかどうかは未だわからないが、もし不正があったとれば、その不正は2つの意味で民主主義を踏みにじっている。第一に、当たり前の話だが、不正が社会的な選択に直接的に歪みをもたらしている。本来選ばれないはずの候補が大統領に選ばれるということが、集計された意思から発生し得ない歪みである。この歪みは、民主主義が機能していないということに他ならない。第二に、不正が暴動を呼び起こしたことによって、暴動による悲劇が全てのケニア人にもたらされ、選挙時の表明意思に関係なく皆が不利益を被っている。民主主義を、最大多数の最大幸福を達成するための装置だとすれば(功利主義的立場)、今回の暴動は皆を不幸にしており、民主主義が機能していないと考えてよい。第一の点が直接的に、第二の点が間接的に民主主義を機能不全にしている。

もし上の2つの意味での民主主義機能不全が起きたら、もとの正しい民主主義に戻るためには、不正そのものが起こらないようにシステムが再構築されないといけない。けれども、すでに民主主義に歪みが生じているので、真の集団的意思がわからない中でそのようなシステムを探索しないといけない。

理想的には、一回の不正がそのときだけで収まるべきなのだが、実際のところ、一回起きた不正が次なる不正や歪みのある民主主義を生む可能性が十分にある。不正が不正を生むということはゲーム理論が予想するところである。複数の政党があるとき、ある政党が不正を行った場合、他の政党がそれ以降ずっと不正でもって復讐するということは起こりうる結果のひとつである。また、不正は歪みのある民主主義を残し続けるかもしれない。ある政党が不正を行ったとすると、別の政党が民主主義的手続き以外の方法で不正政党を追放するかもしれない。例えば、そのような不正政党の基盤となる支持者の大量虐殺や、不正政党の政治的追放等の方法で。これは、民主主義が不安定であって、脆弱だということの証左だと思う。

ケニアの今後の発展のためには、民族問題も民主主義の問題も解決されないといけないことは間違いない。けれども、事がそんなに簡単でないということもまた真実である。今は、いたずらに大きな夢を描くよりも、現在ケニアで起こっていることを深いレベルで理解することが外野の人間のすべきことだと思うので、俺は今後もケニアの情勢を静観していこうと思う。


*: ルワンダの大量虐殺は、映画『ホテル・ルワンダ』において克明に描写されている。1994年に起きたこの悲劇で、何十万人ものツチ族が対立するフツ族によって殺された。

+++ 以下、資料 ++++++++++++++++++++++

[Kenyaの政治]
国家元首は国民の選挙で選ばれる大統領(任期は5年)。大統領は副大統領と各省大臣を任命する。議会は一院制(224議席)で、議員の任期は5年。地方の行政区分は7つの州とナイロビ特別区からなり、各州に州政府と州議会がおかれ、地方自治を担当する。
(ケニア共和国大使館ホームページ http://www.kenyarep-jp.com/kenya/government.htmlより)

[2002-2007のKenyaの政治]
In December 2002, Kenyans held democratic and open elections, most of which were judged free and fair by international observers. The 2002 elections marked an important turning point in Kenya’s democratic evolution in that power was transferred peacefully from the Kenya African Union (KANU), which had ruled the country since independence to the National Rainbow Coalition (Narc), a coalition of political parties.

Under the presidency of Mwai Kibaki, the new ruling coalition promised to focus its efforts on generating economic growth, combating corruption, improving education, and rewriting its constitution. Most of these promises have been met. There is free primary education. From next year, secondary education will be almost free, with the government footing all tuition fees. Under president Kibaki, the democratic space has expanded. The media is freer than before. Kenyans can associate and express themselves without fearing being harassed by security agents as it used to be the case during the Moi administration. In November 2005, the Kenyan electorate resoundingly defeated a new draft constitution supported by Parliament and President Kibaki. Kibaki responded by dismissing his entire cabinet. Kibaki eventually appointed a new slate of ministers.

The next general elections were held on December 27, 2007. In them, President Kibaki under the Party of National Unity ran for re-election against the main opposition party, the Orange Democratic Movement (ODM). After a split which would take a crucial 8% of the votes away from the ODM to the newly formed Orange Democratic Movement-Kenya (ODM-K)'s candidate, Kalonzo Musyoka, the race tightened between ODM candidate Raila Odinga and Kibaki. As the count came in to the Kenyan Election Commission, Odinga was shown to have a slight, and then substantial lead. However, as the KEC continued to count the votes, Kibaki closed the gap and then overtook his opponent by a substantial margin. This lead to protests and riots, and Odinga declaring himself the "people's president" and calling for a recount and Kibaki to resign. More information is available in Kenyan presidential election, 2007.
(cited from Wikipedia- Kenya)

[Kenyaの経済]
ケニアの主要産業は農業である。農業の生産高は国内総生産高の3分の1近くを占める。工業化の発展もめざましく、特に製造業はケニア経済の中でも最大な伸びを示している。観光業も重要な主力産業のひとつ。
(同上)
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by yoichikmr | 2008-01-02 10:38 | Africa
2007年 01月 30日

Tanzania

Tanzania大統領Jakaya Mrisho Kikwete(キクウェテ)

「私たちは無償ODAは要りません。欲しいのは企業の元気な活動です。」
「タンザニアは日本と同じで天然資源が豊富な国ではありません。それでも去年は年率7%近い高い成長率を実現しました。政府債務は減り、企業投資が活発になり、歳入は増えています。」
「1986年から順次国営企業を廃止し、起業が市場原理で自由に動ける環境づくりに努力してきました。金融部門の自由かも進めました。こうした改革の結果、マクロ経済が安定しました。インフレ率は今年6,7月には4.5%まで下がる見通しです。」

日経新聞・2006年1月29日
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by yoichikmr | 2007-01-30 10:16 | Africa
2006年 08月 08日

Rwanda

Coffee, and Hope, Grow in Rwanda
The New York Times, Published: August 6, 2006


スダーンより10年近く前に大量虐殺を経験した国、ルワンダ。コーヒー価格の上昇がこの国の経済を活発にしている。見逃してはならないのは、クオリティの高いコーヒー豆を生産するための技術の活躍である。

<後ほど追加更新>
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by yoichikmr | 2006-08-08 15:48 | Africa
2006年 08月 06日

Oil and national sovereignty of China

China and Darfur
The New York Times
Published: August 4, 2006


題を一見するところではその主張が想像できない8月4日のNYTimesの社説で,いまアフリカ大陸のスダーンのダルフール地域で散見される大量虐殺に対する中国の姿勢が批判的に紹介されている。国連軍の介入が検討されているのにもかかわらず、それはスダーン大統領バシールによって拒否されており,さらにそのバシールの背後には中国の間接的なサポートがあるという。中国の意図は,石油供給源としてのスダーンの安定と自国内での統治に関する国連等の介入阻止のようだ。

【中国】アフリカに融資攻勢 批判高まる「逆行資源外交」

中国のアフリカへの関与はスダーンに留まらないようだ。上のリンクはYahooNewsによるものだが、中国とアフリカの最近の関係をよくまとめている。他国プレスによる同様の記事を探したけど見つからなかったのでこれをリンクしておく。

昨年6月にG8によって重債務国の債務軽減が企図されたにもかかわらず、中国がその目論見と正反対の行動に出たために主要債権国会議パリクラブメンバーを困惑させている。

G8が問題視するのは、中国が安易な融資に走れば、債務免除の条件に貧困からの脱却と民主化、経済改革を挙げる先進国の狙いが崩れてしまうからだ。2005年に国際通貨基金(IMF)はアンゴラに対して石油収入を透明にしなければ融資をやめると通告したが、中国が20億ドルの融資に応じたため、アンゴラはIMFの要求に背を向けるようになった。<http://www.business-i.jp/news/china-page/news/200607130004a.nwc>

An island unto itself
Aug 3rd 2006 | KHARTOUM
From The Economist print edition
The capital benefits most from an economic boom

The Economist の記事によると、アフリカ最大の国スダーンでは局地的に好景気のようだ。局地的とは首都のKhartoumと沿岸部とのことだ。スダーンでは都市部と農村部との経済的乖離も進んでいるようだ。中国は、都市部への投資をすることでそれに一役買っているらしい。
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by yoichikmr | 2006-08-06 23:48 | Africa
2005年 07月 24日

MOZAMBIQUE, SIERRA LEONE, RWANDA

Child Labor as Soldier

モザンビークの植民国ポルトガル。植民地軍。ポルトガル指揮官の下,アフリカ人による軍編成。
植民地政策へ被植民者の反発・抵抗。これにポルトガルは植民地軍であたる。
独立後,植民地軍は反政府組織のゲリラとして残る。

子供の拉致,子供兵の存在。今も続く。←14歳以下の子供
軍から離れても精神的影響+職業的影響。left as unskilled labor.

経済合理性からではなく,政治的必然・強制からのChild Labor

NHK / NHK Special / 世界の潮流 7/24 sun
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by yoichikmr | 2005-07-24 22:10 | Africa
2005年 07月 09日

SUDAN

7/9 sat on NHK
ダルフール地方でのアフリカ系キリスト系部族とイスラム系部族との衝突。
両者の主張の食い違い。
政府・州の立場のあいまいさ ←イスラム系部族との結びつきの疑い
2005年1月,両者の間で停戦協定

AU(African Union)の存在
3000人AU軍がフランスと同規模のダルフール地方の警備に当たる。
軍の規模が足りない
停戦協定の違反を主張するも政府側は聞き入れず

国連安全保障理事会
Genocideジェノサイドと認めず,部族間の抗争と位置づけ
スーダンに対する経済制裁のほうを重視

安保理のルワンダでの失敗
1994年のルワンダでの大量殺戮 ←国連安全保障理事会はジェノサイドと認めず
当時のPKOの司令官は「国連安保理はルワンダでしに行く人を見捨てた」と言う
「視察に来た国連職員は西洋人1人を送るのに8万人の犠牲が必要だと言った」と言う

冷戦終結以降の紛争の90%はアフリカで起こっている。
AUは2002年にできたばかり
誰が紛争を解決できるのか?

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国連軍を送れば解決するものではない。4つのフェーズがある。当事者となる2つの部族。直接仕切る権利のあるスーダン政府。第3者としてのAU。より遠い存在としての国連or国際社会。
スーダン政府は効果的な舵をきれていない。AUは力が弱すぎる。国連は消極的で,国際社会は無関心。
問題の発端は経済的奪い合い+イスラム法を制定しようとしたこと。

政治的安定がないと経済発展は難しい。内戦が起きている状況で生産活動には従事できない。←国連の援助で生きている。政治的不安定性があると,一般的な経済分析ができない。例えば,労働力移動は賃金格差で起こるとは言えない。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/sudan/index.html
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by yoichikmr | 2005-07-09 22:28 | Africa