カテゴリ:記事( 38 )


2006年 09月 22日

数学者にありがちな論理の誤謬

国家の品格
藤原 正彦 / 新潮社
スコア選択: ★★☆☆☆




この本は、2006年の上半期で最も売れた新書ランキングで上位に入る本だ。書店を覗けば、この本が山積みになっているのに遭遇することも多かっただろうと思う。

さて、この本の持つ意味は、良くも悪くも、帯にある文句「すべての日本人に誇りと自信を与える画期的日本論!」に凝縮されると思う。まず、「誇りと自信を与える」ということはおそらくそうだろうとは思う。なぜなら、藤原は欧米型価値に待ったをかけながら、日本古来のものを再評価しているからである。この本がよく売れるのは、一にも二にもこの点によるんだろう。ただし、それとは別に、彼のロジックは甚だ乱暴であり、狭量だと言わざるを得ないのが残念だ。

論理が生命線の数学者の著者が、論理展開をいい加減にするなんてことがあるだろうか。実際、それはない。あるのは、公理を取捨選択できない数学者の価値判断力の無さではないだろうか。数学者というのは「これだけは疑わない」とみんなで約束する公理系から出発して、ロジックを丁寧に経ることによって自分の主張を作り出すわけだけど、そもそも自分が出発した公理系を見返して疑うことはできないのだろうか。藤原の議論を見ると、それはできなそうだ。

彼は日本文化礼賛を繰り返すが、対立テーゼたる欧米文化について、確固たる評価をしていない。わかりやすく言えば、「日本文化は素晴らしいんだ。世界中で類を見ない優れものなんだ。だから、欧米文化より素晴らしいんだ」となる。こんな論理が説得力を持たないことは小学生でもわかる。

日本文化礼賛をするのはよいが、例えば欧米文化を対立軸に挙げるなら、欧米文化がいったいどういうものであるかということを正確に調べたうえで二つを比べないと駄目ではないだろうか。彼は、はじめから欧米文化は取るに足らないというスタンスで議論をスタートしている。それなら日本文化が良く映るのは当然だ。読者が真に知りたいのは、日本文化と欧米文化の何が違っているのかという点だ。それさえ明らかになれば、彼が言うまでも無く、日本人がとるべき文化は自ずと明らかになるはずだ。

日本文化の素晴らしさ、例えば「情緒」というもの。これは日本の四季を経験し、移ろい易さというものを身体で体験しなければ、理解できない。こういう日本独特な文化は、日本にいるからわかると言える。であれば、欧米にいなければわからない欧米独自の文化があってもおかしくない。藤原はこの可能性をはじめから無視している。自分の知っている領域だけから欧米文化を解釈している。そこに、俺は違和感を感じる。

「すべての日本人に誇りと自信を与える」のはかまわないが、その与え方が問題だと思うのだ。なりふり構わず与えられた誇りと自信など、簡単にほころぶのではないだろうか。日本人にとって真に必要な誇りと自信は、短絡的な文化の比較からは決して生まれない。むしろ、極限まで己自身と己の理想を追求することから、初めて誇りと自信の芽が出てくるのではないだろうか。
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by yoichikmr | 2006-09-22 00:57 | 記事
2006年 09月 21日

実は知らない知るべき歴史

あの戦争は何だったのか―大人のための歴史教科書
保阪 正康 / 新潮社
スコア選択: ★★★★☆





「太平洋戦争とはいったい何だったのか」、戦後60年の月日が流れたわけだが、未だに我々日本人はこの問いにきちんとした答えを出していないように思える。…中略…戦後60年の間、太平洋戦争はさまざまに語られ、捉えられてきた。しかし私に言わせれば、太平洋戦争を本質的に総体として捉えた発言は全くなかった。「あの戦争とは何であったのか、どうして始まって、どうして負けたのか」----。圧倒的な力の差があるアメリカ相手に戦争するなんて無謀だと、小学生だってわかる歴史的検証さえも十分になされていないのである。…中略…本当に真面目に平和ということを考えるならば、戦争を知らなければ決して語れないだろう。だが、戦争の内実を知ろうとしなかった。日本という国は、あれだけの戦争を体験しながら、戦争を知ることに不勉強で、不熱心。日本社会全体が、戦争という歴史を忘却していくことがひとつの進歩のように思い込んでいるような気さえする。国民的な性格の弱さ、ずるさと言い換えてもいいかもしれない。日本人は戦争を知ることから逃げてきたのだ。…中略…歴史を歴史に返せば、まず単純に「人はどう生きたか」を確認しようじゃないかということに至る。そしてそれらを普遍化し、より緻密に見て問題の本質を見出すこと。その上で「あの戦争は何を意味して、どうして負けたのか、どういう構造の中でどういうことが起こったのか」----、本書の目的は、それらを明確にすることである。

本書の「はじめに」で著者が述べる問題提起である。言うに及ばず、今の時代に太平洋戦争が何であったかを知るには、学校で学ぶ歴史を超えて自分で情報を求めていかなければならない。当時の日本の軍隊の組織はどうなっていたのか、軍人が首相になるとはどういうことなのか、天皇は戦争にどのように関わっていたのか、そういうことを多くの日本人はやはり知らないと思う。もちろん、俺はほとんど知らなかった。特に天皇に関すること、そしてそれから付随するあらゆる構造的な問題、それらは近年になってやっと論壇に上がるようになったくらいだ。今でさえ正確に知ることは難しいのかもしれない。

保阪は、事実を列挙した後、極めて冷静に物事に評価を加えている。「極めて冷静に」とは、意図して客観的にという意味である。太平洋戦争に関して客観的な評価をすることは難しく勇気のいることだから、彼の試みは非常に好意的に受け取れる。戦後の多くの文献が指摘するように、昭和初期(戦前)までは、そして時折現在でも、日本には主観的な言説が中心にあり、個人の価値や日本の大衆レベルで醸造される価値は一方向のベクトルのみしかなく、しかもそれは絶対的な支配力をもっていたのだ。こういう状況下での歴史評価や分析などは全く普遍性を持たないものだから、斜に構えて当たらないといけない。けれども保阪は、その点、非常にデリケートに扱っており、それゆえ、この繊細なテーマでも信頼して読むことができる。

また、彼は、全体を通して、非常に明確に自分の主張を論じている。これは実際に読んでもらえればわかることだが、本文全体を経て「あとがき」で彼が述べる総括は実にわかりやすい。これは、上記のとおり、徹頭徹尾冷静な判断を積んできたことによると思う。
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by yoichikmr | 2006-09-21 22:56 | 記事
2006年 09月 21日

バカはおまえだ

バカの壁
養老 孟司 / 新潮社
スコア選択: ★☆☆☆☆





この本は、言わずもがな、2,3年前にベストセラーになったものだ。本文中では、いろんなテーマを取り上げて養老流の主張を展開している。養老のある種の毒舌は読んでいて面白い。ただし、解せぬ点があったのも事実だ。俺はひととおり読み終えてから、第一章の『「バカの壁」とは何か』を熟読してみた。驚くべきことに、「バカの壁」というフレーズに養老が込めた思いや意味というものは正確に記述されていない。彼は、わざわざ「バカの壁」が何を言わんとするものかを説明する章を立てておきながら、それを説明することをせず、ひたすら例示を繰り返す。いくら例示を繰り返したところで、主張の根幹はわからない。それが、おれが「星ひとつ」の評価にした理由だ。

問題は、彼の言う「バカの壁」という表現が幾様にも解釈できる点にある。まずひとつめは、「世の中にはバカとマトモがいて、そのうちバカは自分の知識がすべてであって、それを超えるものを理解しようとしない、知ろうとしない。ここに、バカとマトモとの間に壁が存在する」というロジックである。それから、それとは別に、ふたつめに、「世の中の人はそもそも自分の目の前の世界だとか、自分はきちんとわかっていると思っている世界の中で判断しようとする。しかし、実際は世界はそんな狭いものじゃないんだよ。あなたが知っている世界なりを超えるところにだって別の世界があるんだよ、なのに、あなたは自分で壁を作ってそういう外界を見ないでいる。これは愚かな無知の壁だよ」というロジックだと解釈することもできる。これは似た論理に思えるけど、大きな違いだと思う。前者が自己と他者との比較であるのに対して、後者は自己内部での認識と認識を超えるものとの比較である。つまり、自分自身の中で完結する問題なのか(後者)、完結しない問題なのか(前者)、それ自体がはっきりしないことが問題なのだ。

俺が2,3年前に何かの雑誌(かしか中央公論だった気がする)で読んだインタビューでは、上記の後者のほう、自分の中での問題をテーマにしていたというようなことを養老は語っていた。つまり、彼の言っていることはソクラテスの言っていること、「自分が無知であることを知る者は、自分が無知だなどと思いもしない知識者よりも賢い」というものそのままなのであって、彼の得意技の例示オンパレードがなければ、この本はあれほどまで売れなかったはずだ。

彼は「最近の若者は…」というような言い方を多用する。けれども、このテーマはソクラテスの時代から言われているくらい普遍的にどの時代にもあったことであって、今の時代になって初めて若者が顕した特徴ではない。
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by yoichikmr | 2006-09-21 10:55 | 記事
2006年 09月 20日

読めば「読む価値なし」だとわかる

憲法九条を世界遺産に
太田 光 中沢 新一 / 集英社
スコア選択: ★☆☆☆☆




今、長文を書いたのに間違えて消してしまった。これ、よくやるけど、ほんとがっくりする。しかたないので、簡潔編でいきます。

***

太田・中沢のこの著の主題は題名のとおりなのだが、議論は浅はかだ。憲法9条を真剣に考えようとするなら、彼らの議論だけでは全く不十分だ。

彼らは、日本国憲法は日米合作として奇跡的に今の形になった、両者の思惑が奇跡的に折り合って生まれたんだ、だからいたずらに改正するんじゃなくて、世界遺産にさえしてしまえと、そう言う。170ページという短い本文中で主となる論理はこれだけ。それ以外はアッチ行ったりコッチ来たりの議論。いや、議論というよりただの会話。(対談形式なんで)

日本国憲法を考えるということはもっといろんな問題を含むはずだし、議論をする人はもっと真剣になるべきだと思う。憲法とは、言うまでもなく法治国家にとっての第一の法律なわけで、自然ひとびとの生き方を規定するわけだけど、だからこそ、憲法を考えるということは、自分自身の生き方を考えるということであるし、自分の子孫がどういう生き方をするかということを考えることでもあるのだ。

そういうことを確認したうえでも、まだ考えるべきことがある。それは日本人の精神性というものだ。自分を武装するあらゆる理論や思想を抜き去って、裸一貫になったとき、自分の価値判断の基準となるものは何かということだ。それが精神性というものだとしたとき、日本人の精神性とは何であろうか。日本人は何を善しと考え、どういう人生を素晴らしいと思うのだろうか。憲法を考えるというとき、本当はこういうことを考えるはずだ。

さて、第二次大戦後、日本人の精神を支えたものは日本国憲法だったのではないだろうかと俺は思う。敗戦を機に、それまでのあらゆる精神性-そこにはもちろん宗教も含まれる-が崩壊したとき、日本人はいったい何を頼って、何を心のよりどころにして生きたのだろうか。日本国憲法は、この60年間、ただの法律だったのではなく、日本人の道徳であったし、もっと言えば日本人の真善美を象徴するものであった。われわれは、日本国憲法から派生した法律に体化された思想を、自分の行動判断を秩序付ける基準にしてこなかっただろうか。言い換えれば、憲法や法律に対して、あまりに無批判であったのではないだろうか。無批判の行く末は、思慮なき服従である。日本人は、憲法を生き方の基本基準として、それを疑わなかった。なにゆえか?それは、憲法が宗教的魔力で日本人の精神性を掴んで放さなかったからだ。

実は、日本国憲法ができる以前の歴史を振り返ってみると、この精神性という問題が非常に重要な意味を持つということがわかる。それはさまざまなところに問題の根源、淵源を植えつけているのだが、あまりに抽象的過ぎるがゆえに、本当は問題の本質なんだということが見えにくくなっている。日本国憲法に関しても同じだと思う。だから、この問題を考えない憲法論議は意味がないと思うのだ。百歩譲って日本人の精神性を考えないとするなら、いずれまた同じ問題にぶち当たり、それを考えなくてはならなくなるはずだ。なぜなら、これまで日本の歴史には同じ問題が繰り返し姿を変えて登場しているからだ。
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by yoichikmr | 2006-09-20 23:54 | 記事
2006年 09月 20日

明治維新の見方が変わる!

幕臣たちと技術立国―江川英龍・中島三郎助・榎本武揚が追った夢
佐々木 譲 / 集英社
スコア選択: ★★★★★



この本は、もともと明治維新時の日本の科学技術がいったいどういう状況で、どういう形で日本の科学者が西洋から科学を学んでいたのかということ、さらに、それが次の時代-明治-にどのようにつながっていったのかということを知りたくて買った。

実際のところ、この本の着眼点は、時間軸でいえばもっとずっと前、ペリーが浦賀に来航するより80年近く前から明治維新までである。このおよそ80年間を、3人の日本の科学者の先駆け-江川英龍・中島三郎助・榎本武揚-の人生と重ね合わせながら、同時に日本全体の科学に対する見方の変遷を描いている。

特徴的なのは、この3人はすべて忠孝な幕臣であるという点だ。一般に、明治維新とその後の日本の経済的・政治的発展は維新の志士たちの功績と捉えがちだけれども、実は、明治維新より前から幕府の元で科学技術を研鑽していた彼らの活躍が重要であったということがわかる。

たとえば、江川英龍は伊豆韮山の幕府領地の代官であったが、早い時期から(1800年ころ)西洋砲術、兵法、造船技術などを学び、大砲製造などに必要な反射炉を日本で初めて構想したりした。(実際の日本初は江川の協力を得た肥前藩主・鍋島直正が実現した。)江川は、明治維新で重要な役割を果たす佐久間象山、橋本佐内、桂小五郎(後の木戸孝允)などを韮山の江川塾で育てた。彼は、ペリーが浦賀に来航するより前から、日本の国防には海軍が必要だということを幕府に説き、神戸海軍操練所や長崎海軍伝習所などの幕府の教育機関実現の足場を作った。中島三郎助は、ペリー来航時に黒船に乗り込んで交渉に当たった人物で、それまで遅れていた日本の造船技術向上に尽力した。榎本武揚は、元々幕府の旗本の息子で、長崎海軍伝習所で学び、戊辰戦争では函館五稜郭まで戦いを続けたことはあまりに有名。

この本の強烈なインパクトは、幕府内にも日本の行く末100年200年先を真剣に考えていた人物たちがたくさんいたということを実に明確に紹介している点にある。おそらく、多くの日本人は、俺も含めて、先の3人のうちでは榎本の名前しか知らないであろうし、この時代の幕臣としては勝海舟しか頭に思い浮かばないはずだと思うが、勝が目立ちやすい政治の世界を好んだ一方で、上記3人のように黙々と近代技術を日本に導入していた幕臣もいたのである。

王政復古の大号令が1867年、大日本帝国の建国が1889年、日清戦争・日露戦争が1894年と1904年。この30~40年間で日本は驚くべきスピードで近代化をしていくわけだが、その萌芽は維新前の約80年間の憂国の幕臣の危機管理にあったと言える。
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by yoichikmr | 2006-09-20 22:53 | 記事
2006年 09月 14日

歴史と思想を

14日に東京の靖国神社に行ってから、いや正確にはそれより以前に靖国神社に行こうと思ったころから、オレの中では薄々と日本の歴史とか日本の思想についてしっかり勉強しないといけないなという思いがありました。オレは大学受験では日本史を選んでいないし、世界史すらセンター試験のためにちょろっとかじった程度なので、実際のところ、オレの歴史認識なんていうのは中学生レベルか、良くて高校生の初級レベルでしかないんです。そういう人間が、今の世界で起こっているいろんな問題や日本の中で起こっている問題を「あーだこーだ」言うのは、それはそれで自由なんですけど、ただ、それじゃあ浅はかな感情論しかできないんだなと思うんです。で、そりゃあ恥ずかしいなということで日本の歴史、世界の歴史をしっかり勉強しなおそうと思ったのが全ての始まりです。

今後、最近読んだ本の紹介とそれへのオレの意見をアップします。
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by yoichikmr | 2006-09-14 10:37 | 記事
2006年 08月 30日

科学と共産党

Einstein's man in China

第二次大戦以降、中国でアインシュタインの著作を翻訳してきた人の、共産党と科学との間に揺れる生き方を描くと共に、戦後中国の共産主義がいかにして1989年の天安門事件につながったかを簡単に説明している。
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by yoichikmr | 2006-08-30 10:22 | 記事
2006年 08月 29日

人材

研究者として求められる人材と国際機関スタッフとして求められる人材の違い

国際機関とアカデミアの本質的な違いとは、対象とするものの違いに起因する方法論ではないかと思います。アカデミアは現象の奥に隠れた真理らしきものを追究するために科学的に厳密な手続きを重視しますよね。そこでは人間同士の関係は補完的役割を担うだけで本質的にはいらないわけですよね。一方の国際機関では、現象の解決はさることながら、外部の組織とインタラクションをするということ自体が目的であるために、ここでは人間同士の関係は目的になるんですよね。そして、そこでは科学的な方法論が補完的に作用するということですよね。

けれども、より質の高い世界では補完的な要素すら十二分に求められるはずだと(僕は勝手に)信じています。学会では人との交流からすばらしい研究が生まれるでしょうし、そもそも人間関係をうまくやれなければこの世界は生きていけないですよね。世銀やIMFでも中身の無いことは言っていられないはずで、だから学会の成果を理解できるor利用できる人が求められるわけですよね。

そうすると、じゃあ両者の世界で働く人の違いとは何なんだということになります。そこで求められる人材とは何かという疑問です。実は僕は、両者が求める人材は同じものだと思っているんです。学者だから交渉力がなくていいというのはウソです。もし交渉力がなくていいなら、自分の論文を売り込むことができないことはおろか、共著者との研究においては、何が大事で何が大事でないかという議論ができません。

それでも国際機関で働く人と学者として働く人とは違っているように思えます。けれどもそれは見かけ上の違いではないでしょうか。国際機関で働く人に交渉力のある人や人間関係のやりくりのうまい人が多く、アカデミアにはそういう人は少ないというのは(僕はそういう事実があると思い込んでいるわけですが…)見かけ上の相関(spurious correlation)ではないでしょうか。単に、そういう能力のある人が国際機関に行きたがる傾向にあるというだけなのではないかと思うんです。
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by yoichikmr | 2006-08-29 14:50 | 記事
2006年 08月 01日

<夏の睡眠不足をなくす方法>

<夏の睡眠不足をなくす方法>

① 寝る2時間前までに風呂に入る。湯船のお湯はぬるま湯で。

② 寝る10分前に30度のシャワー,その後エアコンのドライ26度で5分涼む。

③ 寝る前に、寝室のクローゼット・押入れを開けて部屋をクーラーで冷ます


寝るときに体温を十分に下げることが大事。クローゼット内部は熱がこもりやすいので,クーラーをかけるときは開けたほうが良いらしい。もし閉めていたら自然ヒーターみたいなものらしい。クローゼットを開けて部屋を冷ませば、冷えは長持ちするらしい。

④ 寝る前に片足5分くらいゴルフボールで足の裏を刺激する。特に土踏まずを中心に。

足は第2の心臓らしい。リラックス効果があるらしい。

⑤ 寝る前の携帯チェック,寝る前の冷たい水。酒・食事。羊を数える。これ全部厳禁。音楽は入眠後OFFになるように。

音楽を入眠後もかけていると眠りが浅くなるらしい。


              <TBS:はなまるマーケット>より
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by yoichikmr | 2006-08-01 08:59 | 記事
2006年 05月 16日

Foreign Direct Investment

朝日新聞
【経済面】2006年05月15日(月曜日)付
(愛国経済 台頭する保護主義:2)中国 成長の自信「反外資」へ


今回の記事で感じた点は二つ。

まず,Foreign Direct Investment が経済発展を促進させる重要な役割を負っているということ。そして次に,経済発展がある程度進むと,先進国から技術導入をする段階から独自に研究開発をして技術革新をするようになること。

ひとつ目については,現在ちょうど研究中で,FDIが成長を促進するという実証研究を期せずして今日発見したところだった。FDIは,それ自体が成長に重要であるというよりは,むしろ Investment を通じて,技術やそれを扱う知識,さらには企業マネジメントのメソドロジーを一緒にしたパッケージが導入されることによって成長に影響を与えるのだと思われる。このFDIの点については,東・南アジアでいくつかのケースが実際に指摘されている。(Alywn Young (1992), Paul Romer (1993))

二つ目について。技術導入の段階から技術創発の段階に移行する際の決め手はいったい何なのだろう。言い換えれば,いつどんな契機で,「もう学ぶものはない。これからは自らで作り出す」と生産サイド政策サイドの当事者は思うのだろう。そして,スムーズな移行が可能であるためには技術導入の段階においてすでに何をやっているのだろう。


中国は社会主義国家として資本主義システムを導入できないイデオロギーを持っていた。その中国が過去半世紀四半世紀に考えたのが「経済特区」というもので,この地域にはあらゆる社会主義的制約を排除して外国資本を導入してよいという「例外」が認められた。中国はそれをエンジンにして巨大な産業集積を形成し成長を牽引させてきた。今日「豊かになった中国」として描かれるのはこうした「経済特区」なのだ。

その中国が外国資本の拒絶を始めたというのは一見するところ皮肉だが,昨日の記事に書いたように国内産業や労働市場の問題があることを含めば事情は異なるのかなと思う。まぁ,そういう若干政治的な皮肉については経済発展に関する限り関係ないとは言える。経済的には,都合が良いのは中国だけではなく,これまで投資をしてきた日本をはじめとする世界の先進国も同様なわけだし。
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by yoichikmr | 2006-05-16 00:12 | 記事