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2007年 04月 09日

デザイン 知識 技能

創造を次代に手渡すデザイン拠点
今こそ日本のもの作りの復活を--。デザイナー三宅一生が動き出した。東京・ミッドタウンに開設した「2121デザインサイト」で、創造を担う次代の育成にかける。

職人技がどんどん消えているのを、服作りの現場で日々、実感しています。例えば今、自分たちが34年ほどの間に作ってきた服をアーカイブ化していますが、ほとんどが再現できない。手仕事で生地や糸を作ってきた小さな工場がつぶれているからです。1998年に「A-POC」シリーズという服を作り始めたのは、各地の失われゆく職人技を掘り起こすためでもありました。僕が今来ているシャツとジャケットは、昔織物の産地だったある地方で、傘の生地を織ることで生き残った工場で作ったものです。うら寂れた工場から、漁網などを作っていた古い機械を発見し、セーターを編んだりもしました。それから十年近くたちますが、今ならまだ間に合う。伝統の技と誇りを持つ人が生きていて、次の世代に手渡せる。デザインサイトはその拠点にもなれると考えています。(中略)デザインは表層の意匠にすぎない、とみられがちですが、違います。意匠を支える高い職人の技こそデザインの本質なのです。「言葉」を題材にして現代の教育を考えることはできるし「水」をテーマに環境問題にかかわることもできる。その際、我々デザイナーには物事をポジティブに考える、という特殊な才能があります。アーティストが時に死を表現するのに対し、デザイナーはどんなときも「生かす」ことから発想する人間です。
日本経済新聞2007年4月4日夕刊


職人技という技能の喪失-それはもの作りの危機そのものでもある。デザイナーを頭脳とすれば、職人は手足だ。どちらが欠けても一流は生み出せない。ならば、ここにあるのは、知識と技能との補完性に他ならない。なぜ技能だけが失われるのか?昔はあったはずの技能が日本からなくなってしまうのはなぜだろう?大量消費社会の到来が、本当に良いものを作る職人を締め出したのか?それは進化の過程の欠かせない一部分なのだろうか?多くの人に必要とされる技能だけが残っていくのだろうか?山口県の伝統芸能である猿回しが消えかけたように。

(ひとつの仮説 - ものの需要者が間接的に技術・技能選択をする。需要者は財・サービスの本質を理解できずに何らかの外的要因によって選好順序を決める。そこで、本質的に高質な財・サービスが淘汰される可能性が生まれる。それが高度な技術技能の散逸に繋がる。)

デザインに対する思いを経済学の視点が追い越してしまうのが俺の今の悪いところ。デザインをデザインとして、もう少ししっかり観察したいと思う今日この頃。しかし、創造する世界はデザインにせよ学問にせよ何にせよ、共通する熱い何かがある気がする。もちろん、文明を創造・形成する俺たち一般人の生活にも。
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by yoichikmr | 2007-04-09 22:42 | 日記


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