Do Something II

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2005年 11月 07日

Moving to New York City

11月4日金曜~11月6日日曜

前日夜にやった Game Theory の宿題的なものを出した後,住んでいるところから近いところにある伊丹空港に向かった。空港には30分もかからずに着いた。空港に来るといつも不思議な感じがする。大部分の人にとって非日常的な場所であるはずの空港なのに,そこにいる人たちは毎日いるかのように場所になじんでる。これは,まだおれが移動手段としての飛行機を使うということに慣れていない証拠なんだろうか。

昼に伊丹を出た飛行機は50分ほどで羽田に着いた。近い。ほんとうに近い。10時間もかけて鈍行列車で行き来していたころが懐かしい。もうあんなことはできない。

東京の景色をひさしぶりに,2ヶ月ぶりに見たのは羽田から京浜急行に乗ったときだ。3ヶ月まえに乗ったときと全く同じ景色。残念なくらいに懐かしく思わなかった。つい昨日までここにいたかのように,自然に非日常の東京に染み込んでしまったような気がした。

三田に向かった。卒業以来,久しぶりに見る母校。そうか,気づかぬ間にここも母校になったんだ。慶應義塾。久しぶりに来てみると,ここは勉強をする環境じゃないと心底思う。いや,友達の名誉のために言うと,それは俺にとって。こんな華やかなところじゃ気がいくつあっても勉強には向かない。だからおれは大阪に出て正解だったと思う。三田での慶應の記憶は学部の思い出として留めておけばいい。その思い出に勉強という思い出も入れてしまったら華やかな思い出に影が入ってしまう。

Special Thanks: コータ,フジモト,クリタ,ムラタ,コマツ,タケッチャン
突然の訪問なのに相手にしてくれてありがとう。


慶應三田キャンパスにて。2005年3月竣工ロースクールの建物から。ピザーラらしい。
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ピザーラからガラス越しに自習室(PC部屋?)らしきものを臨む。思わず恋でも芽生えちゃうんじゃないの,ここ?
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地下2階だっけかな?自習室みたい。何席くらいあったんだろう?500席くらいあるよね??
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三田から地下鉄で丸の内線西新宿へ向かう。しばらく離れると土地感覚をなくしちゃうんだろうか。つまらないことをして時間を無駄にした。すごい遠回りをする線に乗ってしまった上,2回以上乗り換えできないということを知らず,大手町で2度目の切符購入をした。

ここで東京に来た理由を明らかにしようか。

大学に入ってから4年間ほぼ毎週,年に30~40回くらい熱い議論をしたHenryが奥さんのShokoさんと一緒に New York に引っ越すことになったことの連絡を受けたのがちょうど1ヶ月前。そして,ちょうどこの日に,ウチの家族と二人とで食事会+見送り会をするということを一週間前に聞き,急遽参加することにした。

3年ほど前,初めてホームページを作ったとき,自己紹介の欄で彼についてこんなことを書いた。

『彼との関係は私が英語を習うという契約のもとで実現したものだが、彼から受けた影響はそれに留まらない。英語を習う以上に、「知る」ということへの姿勢と、教養から生まれる深い洞察から学ぶことはあまりに多大である。遠い将来、私が自分の歴史を振り返ったときに、私という人間を形成した影響力のある人として彼を挙げるだろうことは、今からでも容易に想像できる。』

これはまだ知り合って間もないころに書いたから,その後の4年間にさらに「多大」な影響を受けていると思う。この俺が大学院に進むことになったのももしかしたら彼の影響かもしれない。彼はビジネスに非常な関心を示すうえ,あまりにも鋭いアカデミックな視点でものを見る。MITという世界の最高峰を出ているだけに説得力も半端なものではなかった。彼には悩んだことを何でも話したし,彼もできるかぎりの話をしてくれた。彼と議論した4年間があって今の俺がいる。

ふぐ料理屋に行った。生魚を食べられない彼がふぐの刺身を食べられるのか。店の人も合わせて10人くらいに見つめられながら「ん~,タコに似てるねぇ」とまずそうな顔を隠しきれずに言う。一同爆笑。6年半過ごした日本の料理に完全には慣れることができなかったとしても,あの場にいた誰よりも日本を知っているのは彼だった。

二人とは中野坂上の駅で別れた。

次の日,二人は New York へ出発した。

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人生,人との出会いは一期一会だなと最近よく思う。

昔は,小さい世界で生きていたからそんなこと思う必要はなかった。今は,俺は生まれ育った町を出たし,昔からの友人なんかは俺とは違う道を歩んでいたりする。人と人の接線が点になりだしている。いつでも会えると思っていると気づかぬうちになかなか会えない仲になっていたりする。そんなことは昔は無かった。最近,会わなくなった昔の知り合いを思い返しては,懐かしいなと思うようになった。つい2,3年前のことでも懐かしいと思う。ひとに再会することはできても同じシチュエーション,同じ会話は2度と再現できない。それを切ないと思いながら,だからこそその場を大事にしようと,そう思う。


You don't have much chances to know somebody in your lifetime.

For years I've never thought that way and have not needed to, because I've been in a small world. Now I moved out of where I was brought up, and friends that I used to know are living in somewhere I'm not sure enough. Those lives, mine and the others', hardly cross each other now, sadly. Sometimes you can realize that old friendship is no longer such relations that you can get in touch with everytime you want. I never knew such a reality.

I miss someone once I knew very well, even if he or she has been out of my reach just for a couple of years. Even though you can meet them again someday somewhere, you have to notice that the same situation and the same conversation never happen again. So I swear that I never spoil any "present".
(Translation)
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A few years ago, on the profile page of my webpage, I introduced Henry as this in Japanese,
---"He and I had a contract that I learned from him, but his influence on me is beyond that. There is much more for me to learn from his attitude toward "knowledge" and from profound insight generated by his culture than to learn the language. I can say even now that I will list him among others as a high rank key person that has formed my life, when looking back my whole history in the far future."---

I hope he has a wonderful life in NYC as in Tokyo.

Aaaaand,

I'll definitely visit you. Watch out!! ^^v

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by yoichikmr | 2005-11-07 23:43 | 特集


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