2010年 06月 07日

ソマリアの若者は何を思うか

6月から3ヶ月間の予定でワシントンDCに来ている。国際通貨基金(IMF)という機関にお邪魔してインターンをさせてもらっている。国際貿易に関する部署に入れてもらって、この機関がどのように機能してるのかをつぶさに観察する機会を頂いた。大学とは違う国際機関という組織の働きに触れる良い機会であると同時に、諸々の政府機関、NGOなどが集中するこの都市ならではの人種のるつぼを体感できる良い機会でもある。

6月4日の金曜に Dupont Circle という町のバーで NBA Final Game 1 を見た後、歩いて Georgetown の家まで歩いて帰るはずが、慣れない土地のために無駄な労力を払って遠回りしてしまった。帰宅が2時を越すと判断してタクシーを捕まえることにしたら、森の中にもかかわらずすぐ捕まった。

ドライバーはソマリアからワシントンDCに来ている青年だった。

彼は平日を大学生として過ごして、週末にタクシードライバーとして働いていると言った。俺が彼のタクシーをつかまえたとき、時刻は1時ころだった。タクシーには、その日のニュースをまとめて伝えるラジオが流れていた。

タクシーがカーブに差し掛かると、彼は、カーブの内側にある広大な敷地にはアメリカの副大統領が住んでいると言った。Joe Biden のことかと聞くと、海軍の基地もあると言った。

出身を聞かれ、それに答えると、彼は、8ヶ月足らずで行政トップの首相が交代するなんて馬鹿げてると言った。日本の総理大臣が入れ替わったのはワシントン時間でその前日で、俺がその事実を知ったのはその日の朝だった。一(いち)タクシー運転手がそんな他国のことを意見するとは予期しておらず、面食らった。

タクシーがバーの集積する辺りを過ぎるとき、彼は人ごみが一層賑やかでパトカーと警官が目に付く辺りを指して、「アメリカ人は飲んで騒ぐ。女が上半身裸になっているのを酔いながら見て、大騒ぎする」と言った。「おれはこの界隈が嫌いだ」とも言った。

しばらくして家の付近に辿り着き、代金を払って礼を言ってタクシーを降りた。

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ソマリアは2010年6月現在で、統治国家として国際社会から認められていない。長引く内紛と近隣諸国との戦争のせいで国内行政機関が機能しておらず、国連による治安維持部隊が派遣された経験がある。すぐそばのスーダンがダルフール内紛を抱えながらも国内政府が公的サービスを提供している一方で、ソマリアではあらゆる公的サービスが十分に提供できない状態に長いこと置かれている。国際社会がスーダン政府に対してダルフール紛争の解決へ向けたプレッシャーをかける一方で、ソマリアに対しては、国際社会全体が為す術なく放置している状況にある。今日この瞬間、ソマリアほど悲劇的状況に置かれた国はない。

俺は、そんな国からきた青年に会った。

俺と彼はこれまであまりに違う世界を生きてきたと思った。俺は自分が生きることに困ることなく生きてきた。彼は国が命を守ってくれないところで生きてきた。俺は世界中のだれもが敬意を表する国からアメリカに来た。彼は世界中のだれもが哀れむ国から来た。俺は働くことなく人から金をもらって勉強したり酒を飲んだりする。彼は週末の夜まで働いて稼いだ金で大学に行く。その違いを思うと、これまで経験してきたあらゆる差異がちっぽけなものに思えた。人種や宗教、国や肌の色、言葉や教育年数、あらゆる差異がまったく意味を為さなくなるくらい、俺は、彼との会話を楽しみながら、同時に彼との間の距離を感じずにはいられなかった。

それにもかかわらず、彼との会話は、その一球一球のやりとりがズシリと重く、強く俺の心に響いた。彼は彼の視点で、他人がどうであるかに関係なく、自由に考えて話した。同時に、その言葉に込めた思いは吹けば飛ぶような軽い気持ちではなかった。彼は、俺は敬虔なイスラム教徒だ、嘘は絶対につかない、と何度も強調した。アメリカにいて、世界を観察しながら、己の出自に負い目を感じることなく、それを悲劇と感じるそぶりも見せず、アメリカに対しても日本に対しても、おかしいことはおかしいと彼は言った。「郷に入れば郷に従う」と同時に、自分の中に意志と信念を持ち続けることがいかに大変なことか。彼のように11年もアメリカに住んでいれば、それはなおさら難しいはずだ。

彼にとってタクシーを運転することは日銭を稼ぐことに留まらないんだろうと思う。ラジオから流れる世界中のニュースに耳を傾けながら、俺のように不規則に乗り込んでくる多種多様な客との会話を通して、いろんな経験を肌で感じているんだろうと思う。そんな彼と、少しでも接点を持てたことを嬉しく思う。
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by yoichikmr | 2010-06-07 14:21 | 日記


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