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2010年 01月 18日

乳幼児への教育投資

b0056416_1330317.jpg"Stimulating the Young" @ The American
by James Heckman





■ 古い記事なのだが、アイデアを呼び起こす記事なのでここで取り上げてみる。記事はシカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授によるもので、2008年以降の経済危機の中でオバマ政権が繰り出す経済刺激策の代替案として、乳幼児(0歳から5歳児)教育への投資を呼びかけている。

■ 記事の中では、最近の研究で明らかになってきている乳幼児教育への投資の効果が繰り返し強調されている。俺の知る限り、この一連の研究をしているのはヘックマンのグループだけなので、彼らのここ最近数年間の研究成果をまとめた記事だと見ることもできる。

■ ひとつの研究成果は次のように記述されている。
One of the most notable long-term studies is the HighScope Perry Preschool project, which commenced in 1962 and tracked the impact of two years of high-quality preschool on very poor African-American three- and four-year-olds living in Ypsilanti, Michigan. After those two years, the kids entered regular schools and have been followed for nearly 50 years by researchers.

Children in the program were less likely to commit crimes, less likely to drop out of school, and more likely to be productive, perseverant, socially engaged citizens with higher wages. As the years pass, the data reveal less teen pregnancy for girls, reduced absenteeism for boys, and less need for special or remedial education.

1962年にミシガン州のイプシランティで始まった乳幼児教育プログラムは、3,4歳の貧しい黒人児童に2年間の教育を与え、その後の児童の経済的・社会的パフォーマンスを約50年に渡って追跡している。記事によると、このプログラムを受けた児童は、犯罪を犯す可能性が低く、学校を退学する可能性も低く、生産的で忍耐力があり、より高い賃金を稼ぐ社会の一員になるという。また、歳を重ねても、女子は10代で妊娠することがなく、男子は引きこもりにならず、特別授業や補習を必要としないらしい。

■ また別の研究によると、乳幼児への投資は、高い教育水準、健康水準や社会的地位などを通じて、年率8から10%の投資効率があるという。
Research data clearly shows that investment in early childhood development for disadvantaged children provides an 8 percent to 10 percent annual rate of return through better education, health, and social outcomes

■ これまで、経済学サイドからの見た教育投資への社会的便益というのは、大部分、高校や大学教育への公的投資が個々の学生のその後の経済的・社会的成功をいかにもたらすかという観点で考察されてきた。しかし、これらの研究の多くは、特別な教育を受けた児童が後の人生において、まさに「教育を受けた」ことを戦略的に利用することによって経済的・社会的成功へ至ろうとする効果を、意図的に、ときに無自覚に考慮からはずしてきた。もし小さな集団にのみ教育投資をするのであれば、これらの集団は「他の集団を出し抜く」ことで、後々経済的・社会的な成功を収めることができるかもしれない。しかし、一方で、もし一国全体に教育投資が同じように行われるのであれば、教育による戦略的な差別化は不可能となり、子供たちが生まれてから小学生になるまでの5,6年間に作られた格差はそのまま義務教育(中学・高校)卒業まで残り続けることになる。

■ ヘックマンの提唱する乳幼児童教育への投資は、世代間で継承される所得格差の連鎖を断つという哲学を持っている。金持ちは金持ちであるがゆえに自分の子供に多くの教育投資を施し、貧乏人は貧乏人であるがゆえに自分の子供に教育投資をできない。結果的に金持ちの子は金持ちになり、貧乏人の子は貧乏人になる。これが世代間で継承される所得格差のシナリオだ。このような固定化された所得分布のもとでは、社会が分断されてしまう可能性があり、経済的に見て問題があるだけでなく、生まれたときから機会に差があるという意味で、道徳的にも問題となりうる。ヘックマンは、0歳から5歳までの乳幼児のなかでも、特に経済的に貧しい家庭や社会的に抑圧されている可能性のある黒人家庭の子供に重点的に投資をすることで、義務教育が始まる時点での児童間の格差が是正されるべきであるとする。

■ 非常に美しい議論だが、問題があるとすれば、その実践的方法だろう。特に、これらのアイデアを政策に移すときの政治的衝突を乗り越えられるかどうかが問題となる。一般的に、特定の世代のみを益する政策は、別の世代から賛同を得られないことが多い。例えば、昨今の民主党の高等教育無償化論議は、この政策から直接恩恵を受けない世代から批判を受けていると思う。アメリカの場合、高所得者層の住む社会と低所得者層の住む社会とは多くの場合隔絶されており、乳幼児教育が高所得者層へもたらす便益は無視できるほど小さいかもしれない。そうすると、この階層はこの政策に賛成票を投じず、実行に移されることはなくなってしまう。この点をクリアすることが、よりよい教育システムの実現のために必要だろうと思う。
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by yoichikmr | 2010-01-18 14:37 | 記事


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